それでも私は、あなたがいる未来を、描きたかった。
「翼は? どんな感じ?」

「俺も、まあまあ順調かな。この前返却された模試では、T大はB判定だったけど、後10点ぐらいでA判定だったし」

「へえ、やっぱりすごいなあ、翼は」

「その誉め言葉、久々に聞いた」

付き合っていた時、私が翼の努力や頑張りを称えたくて、自然とよく使っていたセリフ。

「なんか懐かしいな」

「そうだね」

お互い顔を見合わせて、ククッと笑い合う。

別れてしまったから、やっぱり気まずさはある。

それでも、それ以上に、2年以上も一緒にいたから、翼の隣に立つのは、なんだかリラックスできて居心地がよかった。


「じゃあね、送ってくれてありがとう」

教室まで送ってくれた翼にお礼を告げると、翼は片手をあげて、「おう」と笑った。

「沙帆」

翼に背を向けると同時に、彼が私を呼ぶ。

「なに?」

彼の元へ戻る。

「あのさ」

少し言いづらそうに、彼は頬をポリポリと頬をかきながら、「えっと」と切り出した。

「呼び方、どうしようかなって……」

「呼び方?」

「うん、ほら、俺たち別れたからさ」

「ああ、そういうことか……」

“翼”、“沙帆”、別れた今でも、私たちは付き合っていた時と変わらず、下の名前で呼んでいた。

別れたらやっぱり……付き合う前の呼び方に戻すのが、普通なのだろうか。

「名字に、戻したほうがいい?」

目の前の翼に問いかけると、数秒の沈黙を経て、「俺は別に、今のままでいいよ」という答える。

「今更名字で呼ばれる方が、違和感あるかも。名字で呼ばれていたのは、付き合うまでの2か月ぐらいだけだったし」

「確かに。それはそうだね」

「沙帆は? 名字で呼んだほうが良い?」

「ううん、私も、別に今まで通りで良いよ」

翼のことは下の名前で呼ぶのに、私だけ名字で呼ばれるのも、なんだか変だし。

それに翼の言う通り、2年以上も下の名前で呼ばれ続けてきたから、今更名字で呼ばれる方が、なんだか不思議な感じがする。

「そっか、それならこのままで良いか」

そうだね、と微笑むと、翼は「よかった」と笑った。

「じゃあ、これからも、“沙帆”と“翼”で、よろしくね」

右手を差し出すと、翼は、「なんだよそれ、漫才コンビみたいじゃん」と言いながらも、笑顔で握手に答えてくれた。

もう翼とは恋人じゃないけれど、この瞬間から、また私たちは“友達”という新しい関係を築いていけそうな気がした。


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