それでも私は、あなたがいる未来を、描きたかった。
「先生!!」

その日、終礼が終わると、教室から出ていこうとした先生を私は呼び止めた。

「先生、見てみて!!」

私は、その日返却されたばかりの模試の成績表を先生の目の前に掲げると、一か所を指差した。

「ほら、O大! A判定!!」

「ほんとだ、すごいじゃん!」

「数か月ぶりにA判定取れたんだよ!!」

誇らしげに報告する私に、先生は「よく頑張ったな」と褒めてくれた。

「あれ?」

先生の顔をまじまじと見る。

「先生、目の下にクマ、出来ているよ。大丈夫?」

心なしか顔色も悪い気もする。

「体調悪いの?」

「大丈夫」

先生は口角を上げて見せた。

「ちょっと寝不足なだけ。ほら、お前らの成績表も作らないといけないしさ」

「うわ、その話、聞きたくなかった」

私はしかめ面をすると、先生はハハッと笑った。

「大丈夫ならいいけど、倒れる前に寝てね」

「おう、お前もな! センター試験まであと少しなんだから、体調崩さないようにな!」

「はーい」

片手を上げながら元気に返事をすると、先生は「よし」と言いながら、私に背を向けた。

「吉川」

自分の席へ戻ろうとした時、先生に呼び止められる。

「なに?」

先生は、自分の方へ呼び寄せるように、手招きをした。

「うん?」

首をかしげながら、先生の元へ戻る。

「今日、この後何か用事ある?」

「この後? ううん。特にない。家に帰って勉強するぐらい」

「そっか」

先生が微笑む。

「それなら、お願いがあるんだけど」

「え、雑用は嫌だよ」

雑用を引き受けるぐらいなら帰りたい。

そう思って先手を打つと、先生は「違うって」と苦笑する。

「ピアノ、弾いてほしいんだけど」

「ピアノ?」

まさかのお願いに、私は目をぱちくりとさせた。

「今日? 今から?」

急なお願いだなと思いつつ、先生に確認をする。

「うん、今日。今から」

「別にいいけど……」

「ありがと」

躊躇いがちに頷いた私に、先生は「音楽室で待っている」とだけ言い残し、再び私に背を向けた。

どうしたんだろう。

急に「ピアノを弾いて」と頼むなんて、珍しいな。
――珍しいというか、今まで一度もなかったなあ……。

なにかあったのかな、と思いつつ、私は急いで荷物をまとめる。

そしてお手洗いから戻ってきた美羽に「今日は一緒に帰れない」とだけ伝えると、音楽室へ向かった。
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