それでも私は、あなたがいる未来を、描きたかった。
「沙帆、大丈夫……?」

美羽の口からは、言葉と一緒に、真っ白の息が吐きだされる。

何気なく見上げると、空は灰色で、雪が降りそうだなとぼんやり思った。

「畑中先生ね」

美羽は躊躇いがちに、切り出した。

「噂でまわってきた話だから本当かはわからないけれど」

彼女はそう前置きをした後、「辞めさせられちゃったんだって」と続けた。

「畑中先生、ラグビー部の顧問でしょ。2年生の子がね、部活中に先生から体罰を受けたって、学校に抗議したんだって」

美羽の話は聞きたいはずなのに、なぜか全く頭の中に入ってこなかった。

「沙帆、大丈夫?」

「うん……」

何が大丈夫なのか、美羽が何を尋ねているのか、よくわからなかったけれど、とりあえず私はうなずく。

「ごめん、聞きたくないよね、こんな話……」

「ううん……」

正直、知りたいのか、知りたくないのかも、わからなかった。

それでも、なんとなく、今聞いておかないと後悔する気がした。


「それで……?」

美羽に続きを促すと、美羽は「本当に大丈夫?」と私に問いかけた。

「うん、大丈夫……」

知ることは怖い。
知るとー…先生がいなくなってしまったことが、現実になってしまう気がする。

それでも、今、先生に何が起きているのか、知りたかった。
――きっとそれを知ったところで、何も変わらないんだろうけれど。

「その子の親がね、『畑中先生を辞めさせろ』って、校長先生に直談判したんだって。その子、成績が良い上にね、親が毎年学校にかなりの額を寄付しているらしくて……事実はどうであれ、学校側も、言うことを聞くしかなかったみたいだよ」

「そっか、そうだったんだ……」

私は力が抜けて、その場に座り込んだ。


“親が多額の寄付をしている生徒に、先生は甘い”

入学してから、何度も聞いたことがある話。

そして、きっとそれは多少なりとも事実なのだろうと思っていた。

私たちの学校は私立で、国公立の学校じゃありえない程、学校設備が充実しているのは、きっと寄付があるから。

“寄付をしてくれる家庭に、学校も頭が上がらないんだろうなあ”

初めて聞いた時、そう思ったことをぼんやりと思い出す。

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