それでも私は、あなたがいる未来を、描きたかった。
【吉川がCAになる日を、楽しみにしています。吉川、頑張れ!】

その文字を見た瞬間、私の目からは涙が零れ落ちた。

まるで、最後の別れの挨拶のようなそのコメントを見た時、
私は、先生がいなくなってしまったことが現実だと、悟らざるを得なかった。

もう、このノートに、先生の文字が並ぶことはないのか。
いや、ノートに先生のコメントが追記されないどころか、もう、先生とは、会えないのか。

それに気づいた時、それを実感した時、私の目から大粒の涙がとめどなく流れ落ち、ノートを濡らした。

「沙帆、大丈夫か」

翼の声が聞こえた直後、コンクリートの床の上に2つの缶が落ち、ガランガランと激しい音を立てる。

「大丈夫か、大丈夫か」

翼が心配そうに、肩を揺らしながら私の顔を覗き込む。

「大丈夫だよ」、そう答えたかった。

けれど、心配してくれている翼に答える余裕さえなかった。

「先生……」

先生は、昨日で、このノートにコメントを書くことが最後だって、わかっていたんだよね……。

このコメント、どんな気持ちで書いたの?

「先生、ごめん……気づいてあげられなくて、ごめん」

いつから、苦しんでいたのかな。
いつから、悩んでいたのかな。
いつ、学校を辞める決断を受け入れたのかな。

「先生……ごめんね。1人で悩ませてしまって……ごめんね」

先生は、いつも私を見てくれていたのに。
先生は、いつも私の悩みに気づいて手を差し伸べてくれたのに。

「先生は、あれだけ傍にいてくれたのに……ごめんね……ごめんね……」

もし、昨日、“急にどうしたんだろう”という違和感を大切にして、先生に尋ねていれば。
もし、昨日、「やっぱりなにかあった?」と、先生の傍に駆け付けていたら。
あれが、先生との最後の会話にはならなかったのかな。

――違う。
今思えば、この1週間ぐらい、先生、なんとなく元気、無かった。

目の下にクマだって、出来ていた。
顔色だって、悪い日が多かった。

“あー、最近ちょっと仕事が忙しいからかな”

先生の言葉を、文字通り、受け取ってしまっていたけれど。
本当は先生、あの時からーもしかしたら、それよりも前からー苦しんでいたんじゃないのかな……。

“ピアノ、弾いてほしいんだけど”

急にお願いするなんて、変だなって思った。
先生、もしかして、もうあの時から学校を去る決断を下していたの?
あの「弾いて」は、「最後に弾いて」ということだったの?

“俺、やっぱりお前が弾くピアノ、好きだわ”

じっと目を見て真剣に伝えてくれたのはー…あれが、最後だったから?
< 115 / 125 >

この作品をシェア

pagetop