それでも私は、あなたがいる未来を、描きたかった。
「2年間、本当にお世話になりました。ありがとうございました」

「いえいえ、よく頑張ったな」

「ありがとうございます」

ペコリと頭を下げる。

「今の高校2年生、O大を志望している生徒が多いらしいんだ。だからもしよければ、夏期講習とかで、是非体験談を話してあげて。勉強方法とか、よく使った参考書とか、毎日の勉強スケジュールとか……後は、実際にO大に入ってどんな授業を受けているのか、どんなサークルに入っているのか、とかかな。きっと受験勉強の参考にもなるし、みんなのモチベーションにもつながると思うから」

「もちろんです。私でよければ、いつでも行きます」

去年、合格をつかみ取った先輩たちが、夏期講習で嬉しそうに大学生活を話してくれたことを思い出す。

そして次はその場所に自分が“話す側”として立つことが出来るのかと思うと、じわじわと“合格”という事実を実感してきた。

「大学でも頑張って。せっかく勉強に専念できる最後の過程だから。学びたいことをいっぱい学んできなさい」

「はい、頑張ります」

力強くうなずくと、中野先生は、「期待しているぞ」と肩を叩いてくれた。

「あの、先生」

「ん?」

「教室、ちょっと行ってきてもいいですか?」

「教室? 3年1組の?」

「はい」

「別にいいけど……」

今、誰もいないよ?という先生の言葉に、「きっと今日で学校に来るのが最後なので、最後に教室を見ておこうかな、と思いまして」と答える。

「ああ、そういうことね」

中野先生は、「過去にも、同じようなことを言っていた子がいたなあ」と笑いながら、教室の鍵をポケットから出してくれた。

「俺、今から授業だから。見終わったら、戸締りをしておいて。鍵は机の引き出しに入れておいてくれれば良いから」

先生は、自分の机を指差す。

「はい、わかりました。ありがとうございます」

「うん、ゆっくり感傷にでも浸っておいで」

冗談交じりの中野先生の言葉にもう一度お礼を言うと、私は職員室を後にした。


何度も登った階段。
何度も歩いた廊下。

この場所に来るのが、この風景を見るのが、最後だと思うと、不思議な感じがする。

当たり前のようにいた場所にもう来ることはないのかと思うと、なにか胸にこみあげてくるものがあった。

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