それでも私は、あなたがいる未来を、描きたかった。
教室に着くと、高まる気持ちを抑えるために2度ほど大きく深呼吸をしてから、中野先生から貸してもらった鍵を、丁寧に鍵穴に差し込む。

ガチャン、という音が静かな廊下に響き渡ると、私はゆっくりと教室の扉を開けた。


「今日で、最後か」


ポツリと呟いて教室をぐるりと見渡してから、自分の机にー正式には、数日前まで自分の座席だった机にー向かう。

私は出来るだけ静かに椅子を引いて座ると、ほぼ毎日していたように頬杖を突きながら、窓の外へ視線を向けた。

“俺、畑中 翔太。このクラスの副担、することになったから。よろしく!”

この席から桜を眺めると、どうしても、先生のことを思い出してしまう。

もうすぐ、先生と出逢って1年。

1年も前のことなのに、先生が明るい、まるで少年のような笑顔で、私に右手を差し出してきた日のことを、今でも鮮明に思い出せる。


「先生、私ね、O大、合格したよ」


桜を見つめながら、私は呟く。

「先生、酷いよね。私に雑用を押し付けるだけじゃなくて、センター試験の1か月前に、忽然と姿を消しちゃうんだもん。やっぱり先生は、酷いよ。意地悪だよ」

先生がいなくなってから2週間は、勉強どころか、何も手につかなかった。

ただ部屋に閉じこもって、何度も何度も、自分のことを責めた。

どうして先生の苦しみに気が付けなかったんだろう。
どうして先生の傍にいなかったんだろう。

食事だって、ほとんど取らなかった。取れなかった。

お風呂にすら入らない日だって、あった。

それぐらいー生きるために必要最低限なことも疎かにしてしまうぐらいー自分自身を責めて、自分自身を憎んで、そしてこの先に続く、先生がいない日々に、絶望していた。

「合格したから良かったけれど、もし不合格だったら、先生のこと責めちゃっていたよ、きっと」

けれど。

「結局、私をどん底まで突き落としたのも、もう一度奮い立たせてくれたのも、先生だったね」

“頑張れよ!”

最後―先生と話した、最後の日―にかけてくれた、あの一言が、たった5文字が、私を支えてくれた。

何度も、受験をやめようと思った。

辛くて悲しくて、なにも手につかないのに、受験なんて無理だと思った。

そもそも、受験に向けて走り続ける気力がもう残っていなかった。

それなのに、受験をやめようと決意を固めようとするたびに、先生の声が頭の中に響いた。

夢を叶えるために、走らなきゃ、と、思わせてくれた。

やっぱり先生には敵わないや。

たった5文字で、私をやる気にさせるなんて。

私、本当にずっと、先生に支えてもらっていたんだね。

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