それでも私は、あなたがいる未来を、描きたかった。
「それは、違うよ……」

私ははっきりと否定する。

「それは……先生が責任を感じるのは、おかしいよ」

「そうかもな。けど、もっと会って、もっと話を聞いてやれていれば、その子は、こんなにしんどくなる前に、違う道を選んだり、考え方を変えることが出来たりしたのかもしれないのになって、正直今でも思うよ」

難しかった。
難しかったけれどー…。

「ごめん、先生」

「なにが?」

先生が、自分に責任を感じるのは、やっぱり違うと思う。的外れだと思う。

それでも、さっきの言葉は、誤りだった。

「その考えが間違っているのかは、わからないのに……否定して、ごめん」

先生にとって、どれだけその子が大切だったかなんてわからないのに、
先生が、その子とどうやってかかわってきたかなんて知らないのに、
先生の考え方を否定してしまったのは、間違っていたと、私は反省した。

「いいよ、正直、お前の言う通りだと思うし」

先生は、「俺も、自分が彼の人生をどうにかできたかもって思うことは、おこがましいと思うときがあるよ」と自嘲気味に笑う。

「それこそ」

先生は続けた。

「最初は、何も話してくれなかったんだ。会いに行って、なにか話しかけても、ほとんど無視。1時間以上一緒にいても、何も話さない日なんて、当たり前のようにあったんだ。来てほしくないなら、『来るな』と言ってほしかった。話すのが嫌なら、『うるさい』と言ってほしかった。けれど、その子は、何も言わなかった。俺は、その方が、しんどかった。まるで、なにもかも諦めたように、ただ淡々と毎日を過ごしているその子を見るほうが、辛かった」

「先生……」

どうして、はじめから、先生が私に構ったのか。

この瞬間、私は初めて、わかった気がした。

「それから、どうなったの……その子」

どうしても他人事だとは思えなくなって、
聞くことが少し怖いような、けれどそれ以上に知りたくて、続きを尋ねると、先生は「そうだった」と微笑みながら続けた。

「4か月ぐらいかな。本当に何も話してくれなくて、俺も、もう行かないほうがいいんじゃないか、会うことで逆に嫌な思いをさせているんじゃないかって思った時、初めて返事をしてくれたんだ。その日のことは、今でも覚えている」

先生は、優しく、切なそうに、微笑んだ。

「その子の好きなアイスを買ってきて、『食べる?』って聞いたんだ。そしたら、『うん』って、頷いてくれたんだ」

「そうなんだ……」

ほとんどの人は、「たったそれだけのこと?」と思うかもしれない。
それでも私は、先生の嬉しそうな表情に、その子からの返事をどれだけ待ち望んでいたのか、その子からの反応がどれだけ幸せだったのか、悟らざるを得なかった。

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