それでも私は、あなたがいる未来を、描きたかった。
「失礼しまーす……」
昼休み、お弁当を食べ終わると、無理矢理こじつけられた約束を果たすために私は職員室を訪れた。
直前まで無視してやろうと思ったのに、職員室へ向かう気になったのは、美羽の一言だった。
“無視すると、余計に絡まれそうじゃない?”
そうだよなあ……行かないと他の面倒な仕事を押し付けられそうだよなあ……。
美羽の考えに納得をした私は、貴重な休み時間を使って、職員室にやってきたのだった。
職員室に入って左奥へ進むと、なにか手元の資料を真剣に見ている畑中先生の姿が見えた。
――ふうん、あの人でも、真面目な表情をするとき、あるんだな。
「畑中先生」
後ろから声をかけると、先生は私が近づいていたことに全く気付いていなかったのか、「おお!」と声をあげた。
「来てくれてサンキュ」
「配布プリント、どれですか?」
「お前なあ、そこは“どういたしまして”だろ」
お礼の言葉を完全に無視した私に、先生は口を尖らせた。
「来てあげただけ、感謝してください」
先生の目を見ながら本心をゆっくりと伝えると、先生はハハッと笑った。
「そうだな、サンキュ」
はい、これ、と先生はプリントの束を私に渡した。
「見て、これ、俺が書いたの」
先生はプリントの左下を指差す。
「保護者に向けて挨拶を書くのは初めてだからなんか緊張しちゃってさ、なかなかいい文面が思いつかなかったんだよ」
「……はあ」
「悩んで悩んで結局これにたどり着いたんだけどさあ。なかなか良い感じじゃない?」
「……いいんじゃないですかね」
「あ! お前! 今読まずに答えただろ!?」
間を置かない私の返答に、先生は「冷たい奴だな~~!」と返す。
「読みましたよ。読んだので、もう行きますね」
「あ、ちょっと待って!」
背後から、なにか先生の声が聞こえたけれど、私は無視して先生の元を去る。
――先生だって今朝、私が呼び止めたのに無視したんだから。お返しだよ、先生。
私は振り返ることなく、職員室を後にした。
教室へ戻る途中、音楽室の前を通り過ぎた時、ふとグランドピアノが目に入る。
「誰も、いない……」
昼休みだからか、理科室や家庭科室、音楽室に続く廊下には誰もいなくて、ひっそりと静まりかえっていた。
私は念のためゆっくりと音楽室のドアを開け、中に誰もいないことを確認すると、グランドピアノに近づいた。
ドー…。
そっと押した鍵盤は、控えめに、そして少し寂しそうに、音楽室の中で響く。
「誰も、来ないよね……」
私はプリントの束を近くの机に置き、ピアノに向かう。
昼休みが終わるまで、残り二十分。
昼休み直後に音楽の授業があるクラスがあったとしても、せいぜい十分前にしか生徒たちはやって来ないだろう。
「一曲ぐらいなら、弾けるかな」
何を弾こうかな。
春の柔らかで優しい日差しが差し込む、この場所でなら。
「やっぱり、この曲かな」
私は大きく深呼吸をすると、鍵盤の上で指を躍らせた。
音楽室のドアの方からパチパチと拍手の音が聞こえてきたのは、曲を弾き終え、ペダルから足を外した時だった。
昼休み、お弁当を食べ終わると、無理矢理こじつけられた約束を果たすために私は職員室を訪れた。
直前まで無視してやろうと思ったのに、職員室へ向かう気になったのは、美羽の一言だった。
“無視すると、余計に絡まれそうじゃない?”
そうだよなあ……行かないと他の面倒な仕事を押し付けられそうだよなあ……。
美羽の考えに納得をした私は、貴重な休み時間を使って、職員室にやってきたのだった。
職員室に入って左奥へ進むと、なにか手元の資料を真剣に見ている畑中先生の姿が見えた。
――ふうん、あの人でも、真面目な表情をするとき、あるんだな。
「畑中先生」
後ろから声をかけると、先生は私が近づいていたことに全く気付いていなかったのか、「おお!」と声をあげた。
「来てくれてサンキュ」
「配布プリント、どれですか?」
「お前なあ、そこは“どういたしまして”だろ」
お礼の言葉を完全に無視した私に、先生は口を尖らせた。
「来てあげただけ、感謝してください」
先生の目を見ながら本心をゆっくりと伝えると、先生はハハッと笑った。
「そうだな、サンキュ」
はい、これ、と先生はプリントの束を私に渡した。
「見て、これ、俺が書いたの」
先生はプリントの左下を指差す。
「保護者に向けて挨拶を書くのは初めてだからなんか緊張しちゃってさ、なかなかいい文面が思いつかなかったんだよ」
「……はあ」
「悩んで悩んで結局これにたどり着いたんだけどさあ。なかなか良い感じじゃない?」
「……いいんじゃないですかね」
「あ! お前! 今読まずに答えただろ!?」
間を置かない私の返答に、先生は「冷たい奴だな~~!」と返す。
「読みましたよ。読んだので、もう行きますね」
「あ、ちょっと待って!」
背後から、なにか先生の声が聞こえたけれど、私は無視して先生の元を去る。
――先生だって今朝、私が呼び止めたのに無視したんだから。お返しだよ、先生。
私は振り返ることなく、職員室を後にした。
教室へ戻る途中、音楽室の前を通り過ぎた時、ふとグランドピアノが目に入る。
「誰も、いない……」
昼休みだからか、理科室や家庭科室、音楽室に続く廊下には誰もいなくて、ひっそりと静まりかえっていた。
私は念のためゆっくりと音楽室のドアを開け、中に誰もいないことを確認すると、グランドピアノに近づいた。
ドー…。
そっと押した鍵盤は、控えめに、そして少し寂しそうに、音楽室の中で響く。
「誰も、来ないよね……」
私はプリントの束を近くの机に置き、ピアノに向かう。
昼休みが終わるまで、残り二十分。
昼休み直後に音楽の授業があるクラスがあったとしても、せいぜい十分前にしか生徒たちはやって来ないだろう。
「一曲ぐらいなら、弾けるかな」
何を弾こうかな。
春の柔らかで優しい日差しが差し込む、この場所でなら。
「やっぱり、この曲かな」
私は大きく深呼吸をすると、鍵盤の上で指を躍らせた。
音楽室のドアの方からパチパチと拍手の音が聞こえてきたのは、曲を弾き終え、ペダルから足を外した時だった。