それでも私は、あなたがいる未来を、描きたかった。

ご褒美

シャーペンを走らせる音だけが響く静かな空間の中、私は黒板の上にある掛け時計をチラッと見る。

後、少し。後、10秒。

手元にある問題と向き合うことをきっぱり諦めて、心の中で、10、9、8、7……とカウントダウンを始める。

「3、2、1……」

0、と心の中で呟いたのと同時に、試験の終わりを知らせるチャイムの大きい音が響き渡る。

「はい!そこまで!」

チャイムに張り合うように中野先生が声をあげると、教室のあちこちから「終わった!!!」と歓喜の声が生まれた。

8月1日から始まった、毎年恒例の「夏期講習」という名の1週間の勉強合宿。

泊まり込みではないものの、毎日8時から20時まで授業と自習時間が続くこの合宿を、そしてその合宿の締めくくりとなる復習テストを、やっと今終えたのだった。

「静かに!」

ざわつく教室に、中野先生のぴしゃりと叱る声が行き渡る。

「後ろの者から順番に、解答用紙を前に回しなさい」

先生の指示に従って、前に座っている美羽の背中をつつく。

「はい、これ」

「うん、ありがと」

美羽は手早く私の回答用紙の上に自分のものを重ね、彼女の前に座っているクラスメイトにそそくさと渡すと、勢いよく振返った。

「どう? 出来た?」

「うーん……」

どの教科も、正直「出来た」と言えるほどの手応えはないなあ……。
特に、理科と数学は、一応解いたはものの、答えが合っている自信が無い問題が多かったし……。

「微妙かな。正直、集中力が保てなかった……」

12時間勉強し続ける日を1週間。

もちろん休憩時間はあるけれど、それでも、精神的にも身体的にも、疲れはピークに達していた。

「美羽は? どうだった?」

ため息交じりに尋ねると、美羽も「同じだよ~…」と頷いた。

「最後の最後に数学って、きつすぎるよね。気付いていないだけで、いっぱい計算ミスしていそう……」

「それめちゃくちゃわかるわ……」

はあ、と、私は机に突っ伏す。

美羽の言う通りだ。

普段でさえ、いくつかケアレスミスをしてしまうのに……こんな疲れた状態で解いたなら……
ああ、もう、考えたくない。

思考を遮るように、私は突っ伏したまま、首を左右に振る。

「けどさ!!」

上半身だけうつ伏せに倒れ込んだ私の背中を、美羽は、ドン、と叩く。

「これで夏期講習、終わりだよ!!」

「……そっか、これで最後か。もうこの苦しみから解放されるんだ」

「そうだよ~、頑張ったよね、私たち」

「本当に頑張ったよ……クタクタだもん……」

とりあえず、寝たい。時間を気にせずに寝たい……。
今なら12時間以上寝られる気がする。

「それにしてもさあ」

美羽はぼんやりと虚空を見つめながら言う。
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