それでも私は、あなたがいる未来を、描きたかった。
「ピアノ、上手いじゃん!」

まさか誰かいるとは思わなくて、驚きで固まる。

「すごいなあ、ピアノ、習ってんの?」

どうして、ここにいるの……?

「ピアノの演奏を生で聞いたのなんて、すっげー久しぶりだわ。お前、上手いんだな!」

凄い凄い、と、演奏をほめたたえる言葉が何度も耳に届く。

「今の、なんていう曲?」

「……て……るの?」

驚きのあまり、独り言のように呟いた私の声が相手に届いたのか、目の前で首を傾げられる。

「え? なんか言った?」

「……どうして、ここにいるの?」

「だってさあ」

私の問いかけに、少し不貞腐れた様子で答えた。

「言い忘れたことがあって、『待って』って言ったのに、吉川、待ってくれなかったんだもん。だから、追いかけてきた」

「お前、ちょっとひどいよなあ」と先生は付け加える。

「けどさ、追いかけてきてよかった。まさかお前のピアノが聴けるとは、思ってもみなかったから」

最悪だ。

知らない誰かに聞かれるならまだしも、先生に演奏を聞かれるなんて。

「……用件は?」

「え?」

「だから、私に用事があったから、追いかけてきたんじゃないの?」

「あ、そうだった。えっと……」

「思い出せないなら、私、もう教室へ戻るから」

私はプリントの束を掴むと、「うーん」と悩んでいる先生の横を通り過ぎる。

「あのさ」

「なに?」

一応歩みを止めて、先生を見る。

「俺、お前のピアノ、結構好きかも」

「……は?」

予想外の言葉に、私は首をかしげる。

「だから、俺、お前のピアノ、結構好きかも」

「……だから?」

「また弾いてくれ」

「嫌に決まってんじゃん」

そもそも今日だって、先生のために弾いたんじゃないし、と付け加える。

申し出を迷うことなく断った私に、先生は「そんなことわかってるよ」と言いながら苦笑する。

「けどさ、俺、お前の演奏、好きになっちゃった。だからまたいつか、弾いて、な?」

先生は私の頭を手でポンポンと優しく叩くと、職員室に向かって歩き出す。


――なんか、また面倒なことに巻き込まれちゃったな。


私は触られた部分をはたきながら、先生が副担任になってから本当にツイてないな、と、小さく舌打ちをした。

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