それでも私は、あなたがいる未来を、描きたかった。
その日の夜、私は翼に電話をかけた。

「また後でかけようかな……」

10コール目と同時に、スマートフォンを耳から話すと、「もしもし」という声が聞こえた。

「翼?」

「うん。ごめん、出るの遅くなっちゃって」

「ううん、私の方こそ急にごめんね」

「良いよ。それにしても、2日連続で沙帆からかけてくるなんて珍しいな」

昨日も、アンカーを走る翼にエールを送るために電話をかけたのだった。

翼はいつも通り追いついた声で、優しく、「なにかあった?」と尋ねた。

「ううん……たいしたことじゃないんだけど……どうしても翼に伝えておきたいことがあって」

「そっか。どうした?」

「あのね、私」

不意にドキドキし始めた心臓に手を添えてから、私はそっと、ゆっくりと伝えた。

「私ね、志望校、決めたよ。O大にする」

ちゃんと決めたから、翼に伝えたくて、と伝えると、翼は「ありがとう」と答えた。

「そっか、O大か」

「うん。実はね」

どうしてだろう。

O大を目指すと自分の中で割り切ることが出来たのか、数日前は言えなかったことが、素直に口に出せた。

「正直ここのところ、模試の結果がそんなに良くなくて……志望校判定も、DとEばっかりなんだけど、やっぱりO大で学びたいことがあるから。もしかしたらセンター試験の出来で変えちゃうかもしれないけれど、とりあえず今は頑張って目指すよ」

私の決意に、翼は、「大丈夫だよ」と返す。

「沙帆、ずっと頑張っているじゃん。きっと大丈夫。O大、行けるよ」

「そうかなあ。行けたらいいなあ」

「大丈夫だって」

翼は、穏やかに、けれど力強く、私に伝えてくれた。

「俺も、志望校決めたらちゃんと伝えるな」

「うん、待っているね」

翼との電話を終えてスマートフォンをベッドへ放り投げると机に向かう。

“今までの努力が報われる可能性を放棄するのと、一緒なんじゃないか”

O大の過去問題集を開けると、先生の言葉が、突如思い出された。

「そうだよね」

そうだ。私だって、努力してきたんだから。ちゃんと、頑張ってきたんだから。

過去の自分と、今の自分を、もう少しだけ、信じてみようと思った。

「待っていてね、O大」

分厚い問題集の表紙を撫でながらつぶやき、早速問題に取り組み始めた。
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