夜桜
「ここが、 京の町……人が多いですね。」

「ああ、賑わっているな。」

巡察以外で外に出た私は、改めて見る京の町に感動した。

前回は巡察に集中していたのであまり外を見ていなかったが、こんなにも楽しいものだ とは思わなかった。

「土方副長!あれは何ですか?」

「ああ、唐辛子売りだ。」

見たことがない店や商品に興奮している私を、土方副長はじっと見守ってくれていた。

「土方副長!ここは何ですか?」

「甘味処だ。昨日お前に団子を食わせただろ?ここの団子だ。新選組隊士の行きつけ。」

「そうなんですね…!この間のお団子、すごく美味しかったです!」

「よし、息抜きに入ってみるか。俺の奢りだ。」

「え!?そんな悪いです!」

「あ?俺がいいって言ってんだ。いいから入るぞ。」

私たちが入った店の暖簾には、
〈桜屋〉と書かれていた。

「お!土方はんではありまへんか。 いらっしゃい。」

「いつものをもらおうか。 二人前を頼む。」

「はいよ、好きなとこ座りんさい。すぐに持ってきますわ。」

気前の良い店主に、土方副長は慣れたように注文をした。

「土方副長も良くここに来られるんですね。」

「ああ、総司が教えてくれた甘味処でな。随分と世話になってる。」

「沖田さん、甘いものがお好きなんですね。」

「ああ、金平糖だの、饅頭だの、新しい甘味処が出来ただの。そういった情報は全て総司からだ。」

沖田さんにもらった金平糖を思い出す。

「土方副長と沖田さんって、本当に仲がよろしいんですね。」

「ん?まあな。 仲がいいんだか悪いんだか。 昔は良く喧嘩したものだ。その度に近藤さんと源さんが止めに来てな。 弟ができたみたいな感覚で、少し面白い。」

土方副長は何かを思い出しているように、遠い目をした。

「はい、お待たせしました。いつものね。お連れさん、初めて見る顔やけど、この子どないしたん?」

「こいつは俺の小姓だ。 新入隊士でもあるな。 京の町を案内しているんだ。」

「ほお、よう見たら、女の様な顔つきをしていますなあ。土方はんも、隅に置けんお人やわあ。」

「よせやい。 こいつは男だ。」

店主は笑って、奥に引いて行った。 店主といい、 沖田さんといい、源さんといい。私のことを男としてみない人が多すぎる。

「あの、土方副長。私、そんなに女に見えますでしょうか?」

土方副長は私の体を見た。

「まあ、女に見えなくも無いな。」

土方副長はそう言うと、私に顔をぐんと近づけた。

「そう思うと、女にしか見えなくなくなるな。」

土方副長の言葉に私は不安を覚えた。
後に聞いた話、新選組に女隊士がいることはあっ てはならない。

中途半端に性別を誤魔化すと、返って新選組から追放されてしまう恐れだってある。私は性別を男に偽る覚悟があった。

だが、それだけでは足りない部分もあ るのかと思う。周りの人にしか分からないものだってある。このままいくと、私の性別がばれるのも時間の問題だった。

その時、こつんと土方副長が私の額を小突いた。

「馬鹿。何のために昨日話した?頼る人間が、目の前にいるだろう。」

土方副長の言葉に私は少し不安が軽くなった気がした。

「お前の考えていることは分かる。何も心配することはない。何かあれば、俺が守ってやる。」

最後の一言に、私は少し胸が高鳴ったのを感じた。土方副長の小姓として、守ると言ってくれたことが嬉しかったのだ。
土方副長は団子を私に差し出した。

「ん、食え。美味いぞ。」

団子を受け取り、口に運んだ。昨日食べた団子の味と、少し違ったような気がした。

「美味しいです、土方副長。ありがとうございます。」

土方副長は、私を見てため息をついた。

「お前はいつも真面目だな。仕事じゃあないんだ。その呼び方でも構わんが、もう少し肩の力を抜け。どれ、試しに土方と呼んでみろ。」

「そんな、呼び捨てなんてできたものではありません!」

「じゃあ、トシと呼んでみろ。」

「それも流石に…。じゃあ、ひ、土方さんで。」

土方さんは満足げに微笑んで、団子を頬張った。

「次、行きたいところがある。着いてこい。」

団子を食べ終わり、お茶を啜る私に土方さんが言った。

「店主!金はここに置いておくぞ。 美味かった。」

「へい!おおきに!」

私は店主に頭を下げ、先を行く土方さんに着いて行った。

「お団子、ご馳走様でした。 美味しかったです。」

「息抜きになれたのなら良かった。また行くとしよう。」

土方さんは着物の袖に手を入れ、ずんずんと歩いて行った。

歩幅の広い土方さんに着いていくのに必死だった私を見て、土方さんは歩く速さを私に合わせてくれた。土方さんの優しさだろう。

「ったく、そういうところは女なんだな。 化け物みたいな剣さばきをする人間だとは、 とても思えない。」

土方さんの言葉に、私は頬を膨らませた。

「褒めてるんだぞ?」

「それはそれは。 どうもありがとうございます。」

不満が混じった言い方をすると、土方さんは笑った。初めて出会った時の事を思い出す。
あんなに怖い顔をしていた土方さんも、今ではこんなに笑顔を咲かせている。あの時よりも、ずっと私たちの距離は近づいていることが確信できる。

「ここだ。」

土方さんは足を止めた。 私たちの前には、〈太物屋〉と大きく書かれた店が建っていた。

「太物屋…?」

「ああ。」

土方さんは悪戯げに笑い、店主を呼んだ。 中から女の人が出てくる。

「こいつに、女物の着物を着せてはくれねえか?」

土方さんの無茶ぶりに私は驚きの声を上げた。

「ちょっと土方さん!?」

「何、良いじゃねえか。一度見てみたいんだ。」

私は女店主に腕を引かれるがまま個室に連れていかれた。

「お客はんには、この着物がお似合いですえ。」

店主が持って来たのは、臙脂色の椿が咲き誇る模様の入った着物だった。

「綺麗…。」

店主は私の名とよくあっているその着物と、それに合う帯や髪飾りを持ってきて、私に 着付けをしてくれた。

「お客はん、ようお似合いですなあ。」

男装をしている私だが、店主は私の性別を知った時、驚いた反応を見せたが、何も言わなかった。

綺麗な顔立ちをしている店主は、てきぱきと私に着物を着せ、髪を半上げに結った。私の髪は腰まであり、とても長いものだった。

着付けが終わり、私は土方さんのもとへ戻った。

「土方さん。」

「…化けたな。よし。」

土方さんは店主に金を渡し、私の装飾をまとめて買った。

「土方さん?」

土方さんは金を払うとそそくさと歩き始めた。

「どうして、私に女物の着物を?」

土方さんは何も言わずに歩いた。私も着いていく。仕事のことを考えているのだろうか。 手を顎にやり、周りを睨みながら歩いていた。さっきと様子がまるで違う。

「今日はそのまま屯所に帰る。お前の本当の性別は公表しない。だが、女である事実を 生かした仕事ができるのではないかと思ってな。」

土方さんが考えていたのは、やはり仕事のことだった。このまま屯所に帰り、何をするのだろうか。私には予想できないことだが、土方さんの考えには必ず意図があるはずだ。

女である事実を公表せずに、この格好のまま仕事をする…私に間者をさせる、それ以外に考えが付かない。

私の予想は少しずつ確信へと変わっていった。
前を歩く土方さんの考えは全く読めないが、いつも仕事のことを考えていることは分かる。

私にこんな格好をさせる土方さんが考えているもの、それに先程の発言。
考えれば考えるほどにその予想は確信になっていった。

「次の任務は間者ですか?」

どうやら図星だったようで、土方さんは振り向き、驚きの表情を見せた。

「先程、お前の見た目を客観視して思った。お前は周りの女と比べ、見目もいいし、頭もきれる。それを生かし、俺たち男ができないような仕事をしてもらおうと思ってな。」

どうやら思いつきでの作戦らしかった。

「新選組のためならば、遊女にでも町娘にでも女中でもなりましょう。」

だが疑問だった。

いくら私が女で、この役目に適任とはいえ、出会って間もない人間に 間者を任せるなど。悪く言えば、危機感がないとも言える。

だが私は彼の首の傷跡を見て、その考えがなくなった。

土方さんは私のことを信用してくれている。それに私も応えなければならない。

「間者とは、信頼における人物に任せることができる。」

私の気持ちを読んだかのように、土方さんが言った。

「頼んだぞ、椿。敵の懐に潜り込むことができるのは、お前の秘密あってのことだ。 長州の連中を探れ。近藤さんには俺から伝えておく。」

「分かりました。誠守椿、何としてでもこのお役目、必ず成功させていただきます。」

土方さんは口角を上げ、私の全身を見た。

「しかし、そこらの女と比べて新選組の女は格が違うな。 強さがある。 武士でもあり、女でもある。」

「それはそうでしょうとも。なんせ私は土方さんの小姓なので。」

「言ってくれる。」

「事実ですから。」

「頼んだぞ。」

「任せてください。」

土方さんとの絆が深まった気がした。私たちはそれから買い出しに八百屋へ向かった。その帰り。

「そこのお二人、お似合いどすなあ。ちょいと、見とくれやす。」

「簪…?」

「へえ、蜻蛉から平打ち、揺れものに結び。買うていきまへんか?」

そこには沢山の簪が並んでいた。

「椿、好きなの選べ。 買ってやる。」

土方さんが横から顔を出した。

「いえいえ、この着物だって買ってもらったのに、申し訳ないです。」

「いいから選べ。」

土方さんに言われ、私は蜻蛉玉の簪を選んだ。 着物と同じ、椿の柄が入っている物だった。

「おおきに。」

今日一日、土方さんには奢ってもらってばかりだった。

「土方さん、ありがとうございます。」

「礼は仕事で返せ。」

「もちろんです。」

私は買ってもらった簪を早速髪に挿した。

「お前は椿が好きなのか?」

「土方さんがつけてくれた大切な名前ですので好きになりました。」

「似合っている。」

「ありがとうございます。」

私たちは屯所に着くまでずっと仕事の話をしていた。土方さんの考えることは、何とも土方さんらしい考え方だった。

私の考えとは似て非なるものだった。
だが、土方さんの深い考えや、その裏に隠された思いを知ると、土方さんに従いたくなる。組織の上に立 つ存在である彼の話し方は、とても説得力のあるものだった。
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