夜桜
「では、夕方また迎えに来る。」

「へえ、待っておりんす。おさらばえ。」

土方さんと別れた後、私は君菊さんのもとで七日間の修行を始めた。
「あんたにはまず、廓言葉を覚えてもらいますえ。ここにいる遊女は皆、この言葉を使っていんす。あんたはんにも覚えてもらわなあきまへん。」
廓言葉。
それは、遊郭で売られた女達が故郷の方言を隠すために作られたものだった。

島原によく くという原田さんに教わり、ここの仕組みは良く理解できた。芸子というのは、舞や三味線が出来なければならない。
私が新選組の間者であることを悟られないように、外見も作法も芸子の姿で挑まなければならない。
極秘任務な故、店主と君菊さんしかこのことは知らなかった。
「あんら?君菊ちゃん、そん人どないしはったん?」

私を見た芸子が声をかけた。

「へえ、親方様のお知り合いの子で、少しの間、ここで働くそうやさかい。」

「ほお、珍しい話どすなあ。 よう見れば、磨けば光る娘やないの。ちょいとこっちにおいで。」

その芸子に腕を引かれ、私は部屋へ入った。
「この着物なんかどうやろか。 よう似合うてはりますえ。」

芸子は私に着物を着せ、くるくると部屋を回った。

「あんたはんのお名前は?」

「…葵と申しいす、どうぞよろしゅうおたの申します、姉さん。」

私は廓言葉を使って、名乗りを上げた。
君菊さんは驚いた顔をしていた。

「あんたはん、廓言葉を使えますのん?」

「うちは姉さん達の真似事をしただけどす。 これがあってるか分かりまへんが、見様見真似で、それなりのことは出来ますえ。」

必ずこの役目、成功させる。私の思いはこれだけだった。
< 22 / 32 >

この作品をシェア

pagetop