夜桜

島原

翌朝、私と山崎さんは、島原に向かう準備をしていた。

玄関で土方さん、 沖田さん、原田さんに見送られた。

「では土方さん、皆さん、行ってまいります。」

「頑張ってこいよ。」

「健闘を祈ってます。」

土方さんは頷き、私と山崎さんが見えなくなるまで見守ってくれていた。

「…副長から聞いたとは思うが、この山崎がいるからには、君の身の安全は保障する。 君は副長の命令通り、芸子として忍び込んでくれ。」

「分かりました。 よろしくお願いします。」

山崎さんは頷き、敵の懐に潜りこむ策略を教えてくれた。

流石忍びだと言えるその作戦 に感心した。

例え演技でも、相手に心から関心を持つ素振りを見せる。

褒めるなどして、 相手が喜ぶ言葉をかける。
常に相手の身になって話をする。などだ。

信頼している人物には、日頃の愚痴などを話してしまうものだ。

それに、相手は芸子。
まさか芸子が敵の 間者だなんて誰も予想はしないだろう。

土方さんは、とても大胆な策を考える人だ。

だが、私でなければこの仕事は成り立たない。

こんな好期なことはない。


遊郭の門をくぐった瞬間、言葉で話す私を見た山崎さんは驚いていた。

そして私も驚いたことに、山崎さんも関西弁を使い始めた。

慣れた口調からして、生まれは関西だと予想がつく。

「着きましたなあ。ほな、あいは屋根裏で見張っときますわ。お気張りやす。」

「おおきに、そちらもお気張りやす。」
山崎さんと別れ、私は角屋へ入っていった。 親方が顔を出す。

「おはようさんどす。」

「葵ちゃん。 今宵は頑張りや。」

「おおきに。」

私は親方から与えられた部屋に行き、着付けの手配を頼んだ。

「今日もまた一段とお綺麗ですなあ。」

「友蔵はん、おおきに。 今日は大切な殿方のお相手やさかい あんたはんに頼んでよかったわ。」

私の着付けを担当する友蔵さんは、私の頭に簪を挿しながら言った。

「今日は椿油を使うて頂きましたぜ。 髪に艶が出て美しいわ。あんたなら、 天下の花魁になれるんちゃいます?」

「お世辞でも嬉しいわ。髪もええ感じ。友蔵はんはえらい腕がすごおすなぁ。またお願いさせてもろてもよろしおすか?」

「へえ、もちろんですわ。 喜んでさせていただきます。」

友蔵さんの性格は、沖田さんや源さんによく似ていた。
気前も要領もいい。
大事な仕事が控えいるこの日に相応しい奇麗な着物に身を包んだ私は、鏡に映る自分を見た。

まるで別人のようだった。
奇麗な着物に身を包んだ私は、鏡に映る自分を見た。

まるで別人のようだった。

いや、この遊郭の門をくぐった時から、私はもう別人だ。

葵という名は、徳川家の紋に 因んで近藤さんが名付けた名前だ。
とても有難く、勿体ない名前だった。私は友蔵さんを見送り、君菊さんと鶴代さんの元へ行き、挨拶を済ませた。

親方が言うには、客が来るのは夜。
それまで君菊さん達と過ごしていた。

「あんら?あんたはん、見かけん顔やけど?」

「へえ 、葵と申しいす。訳あってここにいることになりんした。どうぞよろしゅう。」

私を受け入れ、とても良くしてくれた。 皆暖かく、私に接してくれる。

島原の人はとても私に良くしてくれた。

「うちは小常どす。」

「うちは鶴代どす。 葵ちゃん、 よろしゅうね。」

私と君菊さん、鶴代さん、小常さん、夕霧さんの五人で円になって座り、たわいない会話を広げた。

客の愚痴だったり、 想い人の話だったりと、姉さん達の会話に着いて行った。

「せやけど……」

小常さんは私の方を見て尋ねた。

「葵ちゃんは、どないしてここにいますん? 」

私が答えようとすると、 君菊さんが答えた。

「葵は、親方様の知り合いの娘さんどしてな。短期間だけど、訳があってここにいるんどす。」

君菊さんは言った。私でも答えることができるはずのことだが、その代わりに言った君菊さんの言動には少し驚いたが、あまり気に留めなかった。

「へえ……何ら、うちらの過去は、苦労は知らへんのどすな。」

小常さんは少し私を睨み、部屋を出ていった。
謎めいた行動と言動に、私達は戸惑ったが、場を察した夕霧さんが口を開いた。

「まあ、あの子の過去は、ね。」

沈黙が流れた。

「やけんど、葵がここにいる理由は何でもええどすやろ。何もなんも知らんに睨むことはないと思いまへんか?」

君菊さんが言った。その時、鶴代さんがとん、と畳を叩いた。

「葵ちゃんが困っておりんすえ。言い争いはあきまへん。」

鶴代さんの言葉に、夕霧さんと君菊さんは、双方頭を下げた。

何が起こったか分からないが、小常さんは、私がここにいる理由が気に食わないと思っているらしい。

困り顔をしていた私を見た君菊さんは、一度口を開いたが、閉じてしまった。

「話してあげなよ。 ここにおる遊女には、どんな過去があるのか、を。」

夕霧さんが言うと、 君菊さんは頷き、私に話してくれた。

彼女たちが辿ってきた道、壮絶な過去を。
それは、人の人生と見れば相当辛いものだった。
花街、という言葉に隠さ れた真実、私はそれを知ることになる。
土方さんが言った、「女の地獄」この意味が分かった。
美しい彼女達の頬を流れる涙を見て、私は心が震えた。
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