夜桜
「俺は新選組局長、近藤勇。こっちは副長の土方歳三だ。」

私の前に座っている近藤と名乗るこの男は、大きい体に濃い顔が印象的だった。
堂々としている面構えは、例え彼の地位を知らなくても、この組織の上に立つ顔だと思わせた。

そしてその隣にいる男、土方と言ったか。
近藤までとはいかないが、堂々とし た面構えには、近藤にはない眉間のしわに、恐ろしさを感じる。
鋭い目つきでこちらを睨み、何もしていないのに、私が悪いことをしたような気持ちになる。

「隊士が増えるのは嬉しいことだ。この新選組は常に人手不足で、この屯所にはあまり 人が近寄ってこない。君を見つけて、少し戸惑いを見せてしまったけれど、それにはこ んな裏があったんだ。新選組の嫌われっぷりに、驚いたかい?失望しなければいいんだ が。」

顎を撫でながら、近藤は言った。
話し方からして、人の好さが良く分かる。
新選組局長という高い地位も、振る舞いだけ ではなく、見て取れる人の好さからも納得がいく。

「ところで、君の名前は?」

近藤が言った。

本当のことを言って信じてもらえるだろうか。だが嘘を言うのは良くない。
こんな考えをしている時間も惜しい。名を聞かれて、すぐに答えないのも不自然だ。

「遅い!」

さっきまで黙っていた土方が声を上げたかと思えば、太刀を抜き、刀身を私の首の近くに当てた。

恐ろしく速い動きに反応できなかった。

刀の冷たい感触が空気を伝って感じる。

「お前、俺たちの敵ではあるまいな?名乗れ。 俺たちに敵意がないことを証明しろ。」

彼と目が合った時、心が震えた。人間特有の目の輝きが失われた瞳。

今にも死んでしまいそうな、冷たい目をしていた。

恐怖で考えることを放棄してしまっている自覚を持ち始めた時、刀身がじわじわと私の首筋に近づいていき、ヒヤリと嫌な感触がしたかと思えば、今度は生温かい液体が首筋を通った。
斬られたのだ。

私に刀を向け、傷をつけた土方に、近藤が批判の声を浴びせた。

近藤の声を聞き、土方は血を払い刀身を鞘に納めた。
やっと思考が追いついた時、私はやっと口を開くことができた。

「語る名は持たず。貴方達新選組の力になりたいと思い、赴いたのは事実。それ以外に証明するものは無い。」

嘘は言っていない。

だが、土方の形相は先程よりも酷いものとなり、私に冷たく言い放った。

「名乗ることのできない人間を信用しろとでも言うのか?お前みたいな怪しい奴を新 選組に入れることはできない。 お引き取り願いたい。」

困ったものだ。どうやら彼は、私が何を言っても信用してくれないらしい。ならば行動あるのみ。
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