夜桜

覚悟

私が零番組組長になって一週間が過ぎた。

春の風が屯所の庭を駆け巡る。
零番組は局長の命により動く為、他の組とは異なる。

「誠守、今日は一番組の巡察に着いていけ。」

今朝、近藤局長から命が下った。
近藤局長が私にした、初めての命だった。

今日から私は近藤局長の命により、日替わりで組に着き、仕事をすることになった。

零番組としての仕事はまだ無い。

それに、 零番組という組が存在しているだけで、零番組の隊員などの詳細は発表されていない。

近藤局長は、じきに言い渡す、とだけ。

つか零番組はの命令を夢見て日日を過ごすのであった。
今日は初めての巡察。
私は一番組と共に巡察に行くことになった。

「何回か屯所で顔を合わせていましたけど、一緒に行動するのは初めてですね。一番組組長の沖田総司です。よろしくお願いします。 誠守さん。」

近藤局長と土方副長の弟的存在、天才剣士と呼ばれているその青年は、澄んだ瞳が印象的だった。
土方副長とは大違いだった。

「零番組組長、誠守椿です。今日はよろしくお願いします。」

「分からないことがあったら、僕に何でも聞いてください。」

「はい、ありがとうございます。」

巡察とは、京の治安を守るため、街を巡回するものだった。

時に、不逞浪士を斬り殺したりする。
まだ私はそんな場面を見たことがないが、下手をすれば命を落とすと土方副長に言われ、いつ何時も気を張るようにしていた。

「沖田組長、皆準備整いました。」

「よし、じゃあ行こうか。」

屯所を出て、帰るまで決して気を抜けない。
私は腰に侍らせている刀を見た。
いつかこれで、人を斬り殺す時が来る。
その日は今日でもおかしくはない。

先頭を歩く沖田さんも隊員も、街を伺いながら歩いた。私もそれに従う。

浅葱色の羽織をなびかせて、 京の町の真ん中を、堂々と練り歩いた。
京の町を取り締まるため、決して舐めた態度は許されない。

京の町を伺っていると、周りの人間はが私達を睨んでいることに気づいた。
新選組を良く思っていない人間が多い。
土方副長に言われていたものの、ここまでとは思わなかった。

「あれが人斬り集団の新選組や。目、合わせたら斬られるんとちゃいます?」

「新選組が怖くて、 京の町も歩けんわ。」

そんな悪口が聞こえるように飛び交う中、私たちは進み続けた。
新選組の嫌われっぷりは、圧倒的だった。

「驚きましたか?」

沖田さんが振り向かずに言った。

「はい、分かってはいたものの、実際に目の当たりにすると、何も言えなくなります。」

「分かりますよ。僕も初めはそうでした。 だけど、周りの目なんか気にしなくなるようになります。」

「と、言いますと?」

「夢中になれるものを見つけるんです。 僕は、近藤さんの前に来る敵を斬る。近藤さんを守ることが、僕の生きる意味なんです。 それに夢中になって、ここまでやってきたんです。だから、もう周りの目なんか気になりません。」

笑いながら言う沖田さんは、何かを思い出すように、物憂げに周りを見た。

「誠守さんは、そんなものありますか?守りたいものや、やってみたいこと。」

「私は、」

私の頭に浮かんだのは、あの日の土方副長の笑顔だった。

「私は、土方副長を守りたいです。 沖田さんが、近藤局長のことを思っているように 私も土方副長を思っています。 私は、土方副長に私の全てを捧げる所存です。 何があろうと、この気持ちが揺らぐことは決してありません。」

私の発言を聞いて、 沖田さんは笑った。

「誠守さんって、物好きですよね。土方さんのお小姓になりたいと、自ら志願するなんて。 僕だったら怖すぎて近寄れませんよ。 鬼の副長ですものね。土方さんのお小姓はやっぱり大変ですか?」

「お茶を出したり、護身術の稽古を一緒にしたり、ここ一週間はそんな感じです。憧れの土方副長のお傍で働けて、夢の心地です。」

沖田さんはまた笑った。

「誠守さん、本当に土方さんのことが好きなんですね。土方さんも、こんな可愛いお小姓さんが傍にいてくれて、嬉しいと思いますよ。あの人、ああ見えて面倒見が良いですので、何かあれば、頼ってみるのもいいと思いますよ。」

楽しそうな口調から、近藤局長や土方副長が、 沖田さんにとって唯一無二の存在であることが分かる。

「僕は幼くして両親が亡くなり、近藤さんの剣術道場、試衛館に引き取られました。近藤さんは、その道場の主。 僕の兄みたいな存在でした。 そんな近藤さんと、誰よりも仲 の良かったのが土方さん。そんな僕らを、息子のように可愛がってくれた源さん。 僕が 江戸から京に上ったのは、彼らが行くからなんです。彼らは、僕の全てです。」

目を一層輝かせて語る沖田さんは晴れやかで。だけどどこか寂しそうにも見えた。

源さん、というのは、井上源三郎さんの事だった。 今は大阪に出張らしく、まだお目にかかれていない。六番組組長らしい。
温厚で人当りが良く、面倒見がいい。
沖田さんと 一回り程歳が離れていて、子供の頃は一緒に遊んだりしてくれていたと沖田さんは言った。

その時だった。
私たちは、目の前に立ちふさがる者を前にした。

彼らは刀を抜き、私たちを睨んでいた。私たちに殺気が向いているのは言うまでもない。

「新選組だな。 主命により、お前ら壬生浪を斬る。お命頂戴する。」

ざっと数えて十五名。私たちを上回る敵の数。

「数に怖気づくな。刀を抜け。」

前に立つ沖田さんが、 振り向かずに言い放った。
沖田さんが刀を抜くと同時に、私たちも一斉に抜刀した。
先程まで暖かな春の風が吹いていたとは思えない程、今にも凍りつきそうな空気が私たちの間を吹き抜けた。

「一番組!行くぞ!」

沖田さんの一声で、一気に斬りかかる。
私は抜刀した刀を振りかぶり、相手の喉元を切り裂いた。
雄叫びを上げる敵の心臓を貫き、再び次の相手に斬りかかる。
返り血を浴びてもなお、相手に雄叫びを上げさせる。
血しぶきが宙を舞う。
私は無心で刀を振るった。
沖田さんに名前を呼ばれるまで、私は相手の体を裂いた。

「誠守さん!」

我に返った私は、足元に転がる死体を見た。
もう何とも思わなかった。

「お手柄です。 流石、腕を見込まれただけあります。」

初めて人を殺した感触は、懐かしいものだった。

「所に帰りましょう。 報告は、組長である僕が。 誠守さんは休んでいてください。」
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