夜桜
「巡察、ご苦労であった。」

湯浴みをした後、返り血のついた羽織を洗っている私に、土方副長が言った。

「初陣で剣を交えるとは。お前は、強い武士になるぞ。 お手柄だった。」

「ありがとうございます。」

「全員無傷だとよ。これはお前のお陰だと、一番組の人間が口を揃えて言っている。お 前がいてくれて良かった。ありがとう。よく帰ってきてくれた。」

奥から、新選組屯所の女中が顔を出した。

「そこの女、こいつの洗濯を代わってくれ。」

「いえ、血が付いているので私がします。」

代わろうとしてくれていた女中を断り、再び洗濯を続けた。

「変わってもらっても良かったんだぞ?」

「いえ、女の人は血なんか見たくも触りたくもないでしょう。私だけで事足ります。」

土方副長はため息をついて頭を搔いた。

「女であるのは、お前もそうだろう。」

自分の耳を疑った。

「え今何と?」

「お前と初めて剣を交わした時に見抜いた。」

何も言えなかった。
私が女だとばれてしまえば、隊の規律が乱れてしまう。第一、女はこんな所にいるべきではない。私は頭を下げた。

「嘘をついてしまい、すみませんでした。」

こんなことで許される訳もな 新選組という組織の中で暮らすことにおいて、一番大切なのは信頼だ。これがなければ、新選組で生きていくことができなくなってしまう。

「頭を上げろ。誰にも言っていない。言うつもりもない。」

私は頭を下げ続けた。

「おい。」

「嘘をついたのは事実。信頼を失うのは当然のこと。」

「そのことについては怒っていない。いいから頭を上げる。」

ようやく頭を上げた私の額を土方副長が小突いた。

「何故言わなかった。お前は俺の小姓だろう。」

「私の本当の性別がばれてしまえば、隊の規律が乱れるかと思いまして。」

土方副長は再びため息をつき、私の額を小突いた。

「お前は一人で考えすぎる所がある。それでいて、人を頼るのが下手でいかん。だが。」

私の頭に手を乗せて言った。

「新選組を思う気持ちは強い。考えすぎるのも、裏を返せば様々な考えができることに なる。お前は、剣客としても論客としても生きることができる。今後も、新選組のため に戦ってほしい。」

あの時のように優しく微笑む土方副長を前に、私は左腕に触れる。

私の傷は、新選組として、土方副長の小姓として生きる誓いだ。

「お前の秘密は、俺の胸の内に。誰にも言わない。 武士は必ず、誓いを守る。」

私の手を取り、土方副長は部屋に誘導した。

「ほら、食え。団子だ。女は甘味が好きだろう?」

団子を受け取り、口に運ぶ。 団子のほのかな甘味が、副長の優しさと共に染み渡った。

「美味いか?」

「はい、ありがとうございます。」

「この新選組の中で、唯一俺がお前の秘密を知っている。だったらもう、下手に気を使ったり、疲れたりしなくてもいいだろう。ここがお前の息抜き場だ。」

庭に咲く椿の花が、こちらを覗いている。

「椿、これからも頼むぞ。」
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