甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
「ちょっと、待って。どういうこと? そんな話聞いていないし、認められないわ」


「飯野、ふたりの様子を見たらわかるだろ」


風間さんが冷静な声で窘める。


「郁、結婚に意味を見出せないって散々言ってたわよね? なのに、なんで!? ……まさか……あのネットニュースの女性は倉戸さんなの?」


「沙也との結婚を望んだのは俺だ」


先ほどまでの快活さが消えて、顔面蒼白で多くを問いかける飯野さんに、彼は端的に返答する。


「……彼女の生家はどちらなの? あなたが結婚する価値があるほどの名家?」


「そんなもの関係ない」


言葉の内に秘めた批判をあっさり切り捨てられ、飯野さんはキッと私を睨みつける。

完璧にアイメイクが施された目に浮かぶのは、明らかな嫉妬と憎しみだった。


……この人は、郁さんを本気で好きなんだ。


「飯野、今日はもう帰れ」


「でも私は郁に……」


「さっきからお前の大声にお客様が驚かれてる」


淡々と告げる風間さんに、飯野さんはなにか言いたげに口を開いたがすぐにうつむいて、小さく首を縦に振った。

そして風間さんに付き添われ部屋を出て行った。

目の前で起こった出来事に理解が追いつかず、なにをどう口にすればいいか逡巡する。

自身の指に私の指をきつく絡めて立ち竦む郁さんの表情はとても厳しく、声をかけるのが躊躇われた。

その後、風間さんの指示を受けた店員が食事を運んできてくれるまで私たちは黙ったままだった。

店員に店長からのお祝いですと朗らかに伝えられ、ぎこちない笑みとお礼を口にする。

食欲をそそる香りや綺麗な盛りつけに視線を奪われるが、室内の重い空気に食欲が減退してしまった。
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