甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
『いや、後継者も欲しい』


『両親から後継ぎを切望されてるからな。お前に俺の子どもを産んでほしい』


出会った頃、彼に告げられた台詞が脳裏をよぎる。


「どこかの企業の跡取り娘ではない、従順な一般の女性を郁はずっと切望していたのよ」


なぜだか知ってる?と軽く首を傾げた飯野さんが私に問う。


「郁の好感度が上がるからよ。実際、婚約報道でイメージは回復し、世間にも好意的に捉えられている。後はあなたが子どもを産んでくれたらすべては郁の、響谷一族の思惑通りになるわ」


『あの婚約報道でお前の世間のイメージがずいぶん回復したと広報から報告されたぞ。いつ、結婚を発表するつもりだ?』


お義父様の言葉を思い出し、一気に血の気が引く。

足が震え、力が入らなくなる。


「郁は欲しいものはいつだってすべて手に入れてきたわ。あなたは優秀な彼と対等に渡り合えるのかしら? 役割を終えて物珍しさもなくなったときに彼を繋ぎとめる自信がある? 愛されていると思えるの?」


まるで私を労わるような話し方に寒気がする。

胸が詰まって、なにを口にすればいいかわからない。

気分が悪くて眩暈がする。

今はもう立っているのもつらい。

ハクハクと口を動かすが声にならない。


「……ちょっと倉戸さん、大丈夫? 顔色が……」


今まで余裕のある態度で私に説明していた飯野さんの焦った声が、遠くに聞こえる。
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