甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
「明日、兄が帰国するらしい」


木曜日の朝、トーストを手に取った彼が思い出したように告げる。


「お義兄様が? ご家族で帰国されるの?」


義兄一家とはビデオ通話で何度か会話をしているが、実際に会うのは初めてだ。


「いや、兄だけだ。もちろん仕事のための帰国だが、義姉さんから沙也への荷物や言付けを預かっているそうだ」


なぜか面白くなさそうに、郁さんが眉間に皺を寄せる。

義姉はとても親切な女性で、初産の私をなにかと気遣ってくれる。

経産婦としての話や便利グッズなどもよく教えてもらっている。


「ええと、じゃあ明日はお会いできるのね」


「……ああ、ここに来るそうだ」


「そうなの? 掃除しなくちゃ!」


「沙也のおかげでこの家は毎日綺麗だし、必要ないよ」


「どちらかというとロボット掃除機のおかげだと思うけど」


思わず告げると、彼はくしゃりと表情を緩める。


「いや、この部屋がとても居心地よくなっているのは沙也のおかげだが。俺ではこうはならない」


さらには兄のために無理をするな、と念押しされた。


「夕食をご一緒できるかしら?」


「いや、夕方に接待があると言っていたから食べてくると思う」


「それじゃなにかお夜食の準備を……」


「仕事帰りに慌ただしく買い物して調理するのは疲れるだろう。保のところでなにか調達してくる。兄はあの店がお気に入りだから」


「でも……」


「いいから」
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