甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
「郁、さん?」


小声でおずおずと話しかけると、男性が振り返る。


「沙也」


穏やかな声で名前を呼ばれる。


「今帰りだったのか? お疲れ様。今日はどうだった? 体調は変わりないか?」


「うん、平気。郁さんもお疲れ様。お帰りなさい」


「ああ、ただいま」


ふわりと相好を崩し、私の目の前まで歩いてくる郁さんに、もうひとりの男性が呆れたような表情を浮かべる。


「郁、お前、俺への態度と違いすぎるだろう」


「なんで兄貴の心配をいちいちする必要がある?」


「対外的には愛想がいいが、基本無表情が当たり前のお前がなあ……人は変わるものだな。久しぶり、沙也さん。今日はいきなりすまないね」


「お義兄さん、こんばんは。来てくださりありがとうございます」


義兄である悠さんに直接お会いするのは、今日が初めてだ。

ふたりはやはりよく似ているし、なによりとんでもない美形だ。

郁さんひとりでも相当な迫力があるのに、長身のふたりが並ぶと圧巻だ。

マンションの住人らしき人が近くを通る度に、ふたりに視線をチラチラ向けている。

彼らの姿はとても目立つ。


「沙也さん……あれ……以前どこかで会ったかな?」

 
義兄が私の顔をじっと見て、少し首を傾げる。


「兄貴、俺の嫁を口説くな」


そう言って、郁さんがサッと自身の背中に私を隠す。


「ちょっと、郁さん!」


「口説くわけないだろ。なんとなく見覚えがある気がしたんだよ」


「画面を通して何度かお話しているからでしょうか?」


郁さんの背中から必死に返答する。
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