甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
「いきなり結婚するって言い出したときは、自暴自棄でも起こしたのかって心配したよ。半信半疑だったが、今日沙也さんに会って納得した」


兄は楽しそうに口角を上げる。


「――沙也さんはお前がずっと見守っていた人だろ?」


「……ああ」


これだから兄は侮れない。

俺より五歳年上なだけなのに、その洞察力には舌を巻く。


「エントランスで会ったとき、どこかで見かけた気がしたんだよ。会話をしたわけでもないから思い出すのにずいぶん時間がかかったが」


「半年くらい前に一度見かけただけなのによく覚えていたな」


「女遊びが激しいフリをしてご令嬢たちを遠ざけていた弟が、唯一興味を示した女性だからな」


「……ひと言余計だ」


兄は面白そうに肩を竦める。


「夜は圧倒的に酒を注文する客の多いflowerのカウンター席で、静かにひとりで本を読んでいる女性は珍しい」


「よく覚えているな」


「お前が彼女を気にかけている姿に保も驚いていたからな。彼女が来店した際には静かに過ごせるよう配慮してほしいと保に頼んだんだろう?」


「……沙也は恋人を待っていたんだ」


「保から聞いたが、なかなか最低な奴だったらしいな。愛情表現を間違えていたそうだが」


片眉を上げる兄の表情から、すべてを知っているのだと悟る。

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