甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
「妊婦がそんな薄着で、こんな時間になにをしているの? 郁は一緒じゃないの?」


綺麗な形の眉をひそめて、飯野さんが尋ねる。

意外にもその目は心配そうに見えた。


「あの……」


私の全身に視線を這わせた飯野さんはなにかを察したのか、ふうと息を吐いた。


「とりあえず乗って。そのままじゃ体が冷えるわ」


「でも、私……」


「こんな人目につく場所であなたに危害を加えたりしないわ……今さらあまり信憑性はないかもしれないけれど」


自嘲気味にサラサラの髪をかき上げる仕草に、小さく首を横に振る。

どこか悲し気な様子に、飯野さんが本気で口にしていると直感的に感じた。

確かにここは人通りも多いし、万が一危険を感じたならすぐに逃げることができる。

なんならスマートフォンで一部始終を録画するのもひとつの手段だ。


「……なにか事情があるのでしょう? 車に乗るなら、郁に今すぐ連絡したりしないわ」


その言葉に躊躇いがちにうなずくと、助手席のドアを開けてくれた。


「シートベルトは大丈夫? 助手席より後部座席のほうが楽ならそっちに座って」


「平気です。お気遣いありがとうございます」


運転席に乗り込んだ飯野さんに返答すると、彼女は少し表情を曇らせた。
< 170 / 190 >

この作品をシェア

pagetop