甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
「あの、来たばかりで申し訳ないんですが今から帰ろうかと……」


そう言って、腰かけていたソファから立ち上がりかけた途端、部屋の外で大きな物音がした。


「――意外と早かったわね」


「飯野の電話とメッセージをもらってすぐ連絡したからな」


風間さんが飯野さんに返答して、個室のドアを開けた瞬間、長身の男性が飛び込んできた。


「沙也!」


「……郁、さん?」


「なんで急に出て行ったりした! 俺がどれだけ心配したと……」


絞り出すような声で叫んだ夫は、私を見つめて一瞬悲痛な表情を浮かべた。


「あ、の……」


大股で私のもとへ回り込んだ彼が、ぎゅっと痛いくらい強く私を抱きしめた。


「――無事でよかった」


低くつぶやかれた声が微かに震えていた。

いつもの彼の香りに、わずかな汗の匂いが交じる。

真冬に汗をかくなんてどれだけ急いできてくれたのだろう。

耳元に響く彼の心音はとても速い。


「心配かけて、ごめんなさい……」


逃げ出したのは自分なのに、大好きな人の体温に鼻の奥がツンとした。

胸が詰まって、言いたいことも尋ねたい内容もたくさんあるのに、言葉が出ない。


「頼むから、勝手にいなくならないでくれ。お前になにかあったら俺は……っ」


私の後頭部に大きな手のひらを這わせて、彼が私のこめかみに口づける。

いつも冷静な彼とは真逆の余裕のない姿に、自分がどれだけ酷い振る舞いをしたのか思い知った。
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