甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
「本当に、ごめんなさい……もうこんな真似はしないから」


「沙也、なにを悩んでる? 最近ずっと思いつめた表情をしていただろう? 不満も不安も、ひとりで抱え込まずになんでも話してほしい。俺の知らない場所でお前が泣くのは耐えられない」


「――郁と悠さんの会話を聞いて不安になったんですって」


穏やかな飯野さんの声が割って入り、郁さんが私の顔を覗き込む。


「兄貴と俺の……?」


「ほら、続きは自宅できちんとふたりで話し合え」


風間さんがパンパンと手を叩いて、私たちをドアへと追いやる。


「そうだな……沙也、帰ろう」


郁さんが私の体を解放し、右手を私の左手にしっかりと絡める。


「飯野さん、風間さん……ご迷惑をおかけしてすみませんでした。ありがとうございます」


「……ふたりとも悪かった。連絡をくれてありがとう。保、この料金はきちんと請求してくれ」


風間さんと飯野さんは優しく微笑んで手を振ってくれた。


「倉戸さん、次に家出したくなったときは事前に連絡して。迎えに行くわ」


「そんな事態には二度としない」


どこか仏頂面の郁さんが私より先に返答する。

改めて感謝の気持ちを込めてふたりに頭を下げ、私は郁さんと店を後にした。

帰りのタクシーの中で郁さんにどう話を切り出そうかと悩んでいた。

郁さんは黙ったまま私を見ようとはせず、ただずっと強く指を絡めている。
< 179 / 190 >

この作品をシェア

pagetop