甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
『もちろん沙也に直接取材したり、本人を特定できる情報掲載はしないよう伝えてある』


彼の配慮はありがたいが、問題はそこではない。


「わ、私は婚約も結婚も了承していません。すぐに記事を削除するよう要請してください」


反論する声が震える。

まさかこんな、逃げ道を断つような真似をするなんて。


『無理だな。俺にはこれまで婚約報道がなかったせいか世間の関心が高い。今さら撤回しても、誤魔化しと思われるだけだ。それに俺は沙也がほしい』


怒りと焦り、混乱で爆発しそうな私とは対照的に響谷副社長の冷静な声が耳から伝わる。

甘さを含んだ低音に、腹立たしいはずなのに鼓動が暴れ出す。


「……なんで、私なの? あなたなら素敵なお相手がたくさんいるでしょう?」


激しい動揺で丁寧な言葉遣いが抜け落ちる。


『興味をもったと言っただろ? どこかの令嬢と噂になるより政略的な要素がない、一般社員の沙也のほうが世間の評判もいい』


純粋な恋情なのか、策略なのか判断しかねる想いを告げられ、戸惑う。


「私は別れたばかりだし、第一あなたに恋愛感情を抱いていません」


申し込まれるがままに交際して、同じ失敗を繰り返すのは嫌だ。

しかもこれほど混乱した思考で、結婚なんて重要な事柄を簡単に了承できない。


『――それだけ?』


「え?」


『それが断る理由ならなんの問題もない』


なにを言ってるの?
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