甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
「沙也さん、なにかありました?」


自席に戻ると、由衣ちゃんが心配そうに声をかけてきた。


「え、ううん、なにも」


「だったらいいんですけど、さっきからずっと同じ画面を見てらっしゃるので」


「あ……ちょっと考え事をしてて、ごめんね」


慌てて目の前の画面に神経を集中する。

しっかりしなくては。


「もしかして響谷副社長の婚約報道の件ですか?」


「え?」


「気になりますよね! 副社長ロスで私、今朝は出社したくなかったですもん」


大袈裟に肩を竦める後輩に、その相手が自分だとはさすがに言いにくい。


「散々浮名を流してきた響谷副社長の初めての婚約報道ですし、確実に本命ですよね。難攻不落の王子様を射止めたのはどんな女性なんでしょう?」


ため息交じりに後輩がつぶやくのを曖昧に受け流す。

私はあの人の心を射止めていない。

ただの物珍しさと、お互いの利益が絡んだ結婚に甘い恋愛物語は存在しない。


「――倉戸さん、システム部から電話です」


同僚の声が聞こえ、慌てて受話器に手を伸ばす。


「はい、倉戸です。お疲れ様です」


響谷副社長の件を頭から押しやり、仕事モードに切り替える。

しっかりしなさい、と心の中で自分に叱咤して業務に取り掛かった。
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