甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
昼休憩の後、地下にある資料室に向かうと匠眞がいた。


「……沙也、響谷副社長と婚約したのか?」


目が合った瞬間問われて、思わず体が強張る。

そういえば匠眞は今日の夕方の便で札幌に戻る予定だと、昼休みに塔子から聞いたばかりだ。


「なんの、話?」


「とぼけるなよ。あの写真は沙也だろ? ほかの人間は誤魔化せたかもしれないが俺にはわかる。俺と別れたのは響谷副社長と関係があったからか?」


まるで浮気を疑うような言い方に唖然とする。


「最低だな。お前はいつも自分の思うように事を進める。俺と会う日も常に自分の都合優先だった」


「……匠眞がいつも約束を直前に変えるから、私の予定を事前に伝えていただけでしょう」


やっとの思いでそれだけを口にした。

約束をしていて急に残業や接待になった彼を待ったのは一度や二度ではなく、デートは幾度となくキャンセルになっている。

それでも彼の仕事の大変さを理解していたし、応援していた。


「俺の仕事は責任が重いんだから当たり前だろ」


ぶつけられた言葉に胸の奥が軋む。

なぜ別れてまで責められなければいけないのか。

これ以上ここにいたくない。

ぎゅっと強く胸に抱いていた資料を抱え、踵を返す。

資料整理は明日にでも持ち越して、今日は違う業務を優先しよう。


「沙也、待てよ」


背中から匠眞の声が追いかけてくるが無視を決め込んで、扉を開け廊下に出た。

そのまま一気に階段を駆け上がる。

みっともないが、彼に引き留められるよりはいい。

ここには幾人かの社員の姿があるし、さすがに匠眞も強引な真似はしないはずだ。

早く札幌に戻ってほしい。

身勝手かもしれないがもう顔を合わせたくない。
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