諷喩は僅か



どれだけ酷いことを言われても、たった少しでも優しくしてくれたことを覚えている。彼は優しくないんじゃなくて、人に優しくするのが苦手な人なんだと思ったら、ただ不器用で素直じゃないんだと思った。

一緒にいる時間が増えるたびに、あの人への未練に勝る気持ちが生まれた。始まった名前のない関係に縋って、彼と過ごす時間が一番好きな夜になっていた。


ただ、この感情に名前を付けることは、できなかった。
もう一度誰かにすべてを許すという感情が、怖かった。

その人に溺れて、ボロボロになって、傷ついて、また同じことの繰り返し。
一度身をもって知った裏切りが、ずっと心に棲みついている。


楠は誰のことも好きにならない男だった。
どれだけ私と一緒にいても、どれだけ私に優しくしても、彼が私の気持ちを理解することはない。



この気持ちに理由をつけるということは、
またもう一度、誰かに期待をして、傷つく覚悟があるということだった。


伝えることも、言葉にすることも、できなかった。
それでもただ、傷ついてでも、わたしがまだ知らない彼の信念を知りたいと思っていた。





この気持ちはもう、隠せないと思った。
それはもう、これ以上そばにいることはできない、を意味しているのだ。











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