諷喩は僅か
「―――くす、のき?」
「あー、まじで、気失うとは思ってなかった、ごめん」
「……のど、かわいた」
「ん、」
どれだけ、意識がなかったのだろう。
目が覚めて、隣に彼がいないことに胸が痛んだ。
私が意識を取り戻したことに気づいた彼はソファからこちらにやってきて、バツの悪そうな顔をしながらペットボトルを差し出した。
ぼやけた視界が、ゆっくりとクリアになっていく。上裸姿の彼のパーカーは私に着せられていた。
ペットボトルを受け取って、蓋を開けようと試みる。しかし完全に体力が残っていないわたしはその蓋すらも開けられずに彼に笑われる羽目になる。
ひょい、と奪われて、かち、と簡単に開ける大きな手のひら。ぼうっとその動作を見ていたら、寝起きみたいな私を面白がって彼はベッドに腰を下ろした。
「しんどい?」
「……運動、不足なのかな」
「そりゃあ、鍛えてやるしかねえな、俺が」
「しぬ、さすがに」
「はは、しなねーよ。手加減してやるわ」
「気絶させられるので嫌です」
蓋の外されたペットボトルを渡されて、ゆっくり口に運ぼうとするけれど、それすらうまくいかなくて零した。呆れた笑い声がもう一度届いて、完全に犯人な男を睨んだ。
「そんな睨まれ方しても、弱弱しくて全然怖くねえ」
「楠のことはじめてぶん殴りたいと思った」
「はい、どーぞ。その余力があるなら好きなだけ殴っていただいて」
もちろんそんな力もないから、全部諦めた。
ペットボトルをもう一度奪われて、今度は彼がそれを口に含んだ。
そのまま楠は私にそっと近づいて、口付ける。唇の隙間から受け取る水分を、零さないように必死になるわたしを見て、やっぱり楠は楽しそうに笑う。
楠が自然と表情を崩して私に笑っていた。それがわたしを馬鹿にする仕草でも、そんなことどうでもいいと思うくらい、もう彼への感情に身を任せてしまおうかと思った。