諷喩は僅か


車は、いつもの方向に走り出す。

日付が変わって、今日が始まる。車通りの少なくなった広い道路、無駄に長い信号機、外灯。それ以外に何もない外の景色をただぼうっと眺めている。
何も変わらない景色を見ては、何も思わなかったそれまでとは違った。

あと何度、この時間にこの景色をこの男の隣で見ることができるのだろうと、最近はそれしか考えられなくなっていた。



「楠」

「なに」

「呼んだだけ」

「如月」

「なに?」

「呼んだだけ」



音楽も流さない車内で、会話を交わすこともあれば、何も話さないこともある。どれだけ沈黙になっても、もう別に居心地が悪いとも思わないし、これからもそれは変わらない。
出会った頃の印象は最悪で、ずっと最悪なままだったのに、気づけばその感覚を忘れて普通に変わった。普通は今も変わらないまま、名前を変えることを拒んでいるのはおそらく自分だった。


卒業論文を書き終えてしまえば、いよいよ学校に行く機会が減った。暇を持て余している私は、アルバイトをするか友達に会うか、家でグダグダと無駄な時間を過ごすか、もう二度とできない最後の学生生活を浪費している。
たまに行くキャンパスで彼に遭遇しても、私たちはまるで他人のように振舞う。あの頃まだ私たちが顔見知り程度であった関係性から、何も変化していなかったことになっている。


楠に出会ったのは、もう3年も前のはなしだ。
当時付き合っていた彼の紹介で出会った頃の印象は最低以外のなにものでもない。それはおそらく今でも変わっていなくて、彼にとっての私は、その最低の中の一人であることに違いない。

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