諷喩は僅か
「めんどくさっ」
「それ、俺のセリフだからな」
“面倒臭い”が嫌いな人だ。たぶん、生きているうちの物事全てにそれを思う人で、それは男女関係においても、変わらなかった。
いつもと変わらない通りを進んで、少ししてから裏に入る。もうとっくに見慣れてしまった安っぽいネオンの明かりに引き付けられるように、車が入っていく。
地下の駐車場には、相変わらず清掃業者の車と、何度か出くわす白のミニバンが止まっていた。
「あ、」
「今度はなんだよ」
「わたしを運転席に乗せてくれる約束、そう言えば果たしてないなって」
「んな約束した記憶ねえけど」
「嘘です、免許取ってすぐに言ったら絶対にヤダって言ったんだよ。初心者マークもう外れてるんですけど」
「お前ほど運転席にいるのが似合わない女いないと思う」
「そんなの、楠ほど助手席が似合わない男もいないと思う」
「そう、だから運転はさせねえって話な」
「ケチ」
「今更だろ」
サイドミラーがしまわれる。エンジンを切った男は先に運転席のドアを開けて車から出て行った。相変わらず優しさのかけらもない行動にため息をついて、後を追う。
「楠ーじゃんけん」
「今日はいい」
「なんで」
「別に、気分」
「ふうん、ありがと」
どの部屋も入ったことがあるほど通っていると言えば、この男とここで朝を迎えるのはもう何度目かわからない。むしろここ以外に行ったホテルなんて、たまには遠くに行ってみようと連れてってもらった場所くらいだ。
それから、わたしをこんな安っぽい場所に連れてくるのは後にも先にもこの男だけだと思う。おそらくそう言えば、誰が連れてこいって言ったんだと舌打ちをつかれるだろう。
楠とは、そう言う男だ。