諷喩は僅か
「痛い?」
「……ッ、あたりまえでしょ」
「あっそ」
齧るような口付けは、まるで滲んだ血をどうにか消毒してやろうという善意にも思えた。彼の優しさはやっぱり狡くて、嫌いじゃなかった。
瞑っていた瞼を細目に開くと、同じようにうっすらとこちらの表情を読み取る視線と絡んだ。ぐ、と眉が顰まって不機嫌な男はわたしの耳に指を伸ばした。
「……ッ、」
「アイツは、ここが弱いとこ知ってんの?」
「……っさあ、どうだとおもう?」
「まあ、俺が見つけてあげたんだから、解ってるはずもねえよな」
―――この男に出会うきっかけだった、1年半前に別れた元恋人に再会した。
とはいっても、同じ大学同じキャンパスにいる彼を見かけることは別れてからも何度もあったし、別れてすぐは何度も連絡が来て、それを無視し続けていたら音沙汰もなくなり、もう他人になっていた。
わたしの知っている彼とは、少し違っているような気がした。あの頃染められていた髪の毛はもう黒くて、私に笑いかける彼は少しぎこちなかった。
昔話をした。私も彼も、それ以上何も求めていなかった。ひょっとしたら、彼は何か思っていたのかもしれないけれど、わたしは自分が思っていたよりも吹っ切れていた。
本当に大好きだった人だ。しばらく引き摺って、そのたびに呆れられて、気づけばただの思い出の人になっていたあの人に特別な感情はもう一切抱かない。
1年半付き合ったあの人は、わたしが最低につくりあげてしまった。
見慣れた1K、駅から徒歩6分、少し錆びた階段を上った決して綺麗ではない学生アパートであの人を待つ時間が苦しかった。
好きだったから、許していた。笑って誤魔化して、気づかないふりをして傷ついていた。
我儘が言えなくなっていた。捨てられるのが怖くて何も言えなかった。
――あの人は浮気をしていた。私の知らないところで、私の知らない女と、この安っぽいラブホテルで、身体を重ねていたらしい。