あの夜の星をもう一度
【1】「きょうだい」二人の指切り



「お兄ちゃん、どうして一緒に行けないの?」

 隣で妹の陽菜(ひな)がほっぺたを膨らませている。

「仕方ないさ。俺は学費を出す代わりに全寮制の高校に行けと言われていたからな」

「そんなぁ。私はお兄ちゃんと一緒がいいのに」

「まぁ、その辺は大人の事情ってやつなんだろうな」

 星空の下、俺と陽菜は何度こうやってふたりで話してきただろう。


 もともと、今の両親の再婚で「きょうだい」になった俺と陽菜。それはまだ陽菜が小学1年生の頃だった。

 父親を事故で失ったショックを隠すことが出来なかった陽菜。そんな彼女が俺の妹になってもう6年が経つ。


「お兄ちゃん」とどこまでも一緒についてくる陽菜を一人にはしたくない。

 たとえ、兄妹の仲が良すぎる、おかしいと言われたとしても、俺以上に陽菜は動じることはなかった。


「今日はね、テストがあって、100点取れなかったんが残念だった」

「そうか。でもそこちゃんと復習しておけよ?」

「うん。その答え直しがこの週末の宿題だから」

 いつも家のベランダで、星空を眺めては、お菓子を食べたりジュースを飲んだりというふたりだけの時間は両親も知らない俺たちだけの秘密……のはずだった。


 でも、周囲の大人たちは知っていたのだろう。

 これから思春期を迎える陽菜、そしていつまでも兄から離れないということが、学校の同級生たちから大人たちに伝わり、俺たちの両親の耳に入ったことは容易に想像がつく。

蒼士(あおと)は全寮制の高校に進学してくれ。父さんたちは転勤が言い渡されている」

 そんな話を言われたのが昨年のこと。

 俺には、転勤の条件などというものはあくまで口実であって、実際には俺と陽菜を引き離すことが目的だと分かっていた。

 だからと言って、勝手に決められていた志望校に不合格という結果では、再び何を言われるか分からない。

 仕方ないけれど、俺はその条件を飲むことにしたんだ……。

「お兄ちゃん。私もその学校に行く!」

 そんな陽菜が息まいているのを俺はただなだめるしかなかった。


 春から中学生になる妹には、まだ大人たちの行動の意味を理解するにはもう少し時間が必要そうだ。


「陽菜。それじゃぁ、約束しよう。俺たちが大きくなって……。そうだな、陽菜が高校や大学も卒業して、それでも今の気持ちが変わらないようなら、その時は俺も一緒にいられる方法を探す」

 いつものように、ベランダでのふたりの時間。

 でも、これが最後になってしまうかもしれない。

 出会った頃は、何事にも自信を持てずに、隠れるように俺の後ろ側を歩いていた陽菜。

 それが、今では俺の気持ちを代弁してくれるほどの気の強さを取り戻している。容姿だって、俺と実の兄妹ではないと囁かれるくらいに成長している。

 このあと中学、高校に上がっていくにつれ、彼女を支えてくれる男子が現れるならば、それはそれで仕方のないことだ。

「お兄ちゃん……、それ本当?」

「そうだな。約束しよう。これだけきれいな星空を見るなんて、きっとしばらくないだろうから」

 数日後には、自分の荷物を持って家を出ていかなければならない。それは陽菜が学校で授業を受けている内に済ませることになっている。

 陽菜の前で家を出ることになれば、きっと彼女は戻り乱してしまうだろうから……。

「あ、お兄ちゃん! 流れ星!!」

 空を見上げていた陽菜が突然叫ぶ。

「流れ星か……。3回願いは言えたか?」

「ううん、それは無理だった……。でも、忘れない……。私もいつかお兄ちゃんみたいに家を出たら、またどっかで会えるように、ずっとお願いしつづけるから……」

「陽菜……」

「いつも、心配ばっかりかけていてごめんね……。お兄ちゃん……」

 俺たちの明日は不安だらけだというのに、その時の陽菜は笑顔で指切りをしてくれた。

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