天使はかえらない

とある幼馴染み視点


 いつも通りの朝。

 いつも通りの通学路。

 いつも通りの学校。


 俺もいつものように、教室に入ってふざけた挨拶をする。そして、何処から奴がきてもいいようにサッと身構えた。

 「あれ……?」
 

 おかしい。いつもなら、アイツが飛んでやってきて、俺に回し蹴りをくらわせてくるのに。

 「あはは。大和、アイツなら今日はまだ来てな
 いぜ。珍しいな、お前の方が早く来るなんて」

 「おい、俺がいつも遅刻してるみたいに聞こえ
 るじゃないか」

 「へえー、じゃあ時間通りに来てるか?」

 「ああ!…いや、1度、2度ぐらいは…」

 「大和、今日は夫婦漫才しないのか?」

 「あれ、お前の嫁まだ来てなくね?」

 「アイツは嫁じゃねー!つか、夫婦漫才でもね
 ーわ!」

 「うわ、大和がキレたぞ!w逃げろ〜w」

 
 アイツがいないのを珍しがって、仲のいい奴らが声をかけてきた。

 アイツを俺の嫁と言っていた悪友をとっ捕まえてアイアンクローを仕掛ける。

 若干違うが、これもいつもの日常。

 
 にしても、本当アイツが来てないなんて、珍しいな。結局、授業始まっても来なかったし。

 昨日のアイツは元気そうだったが、もしかして風邪でも引いたのか?

 まぁ、帰りに冷やかし程度、見舞いに行ってやるか。


 今日1日中物足りなさを感じながらも、仲のいい奴らと騒いで終わった…はずだった。


 放課後、アイツの見舞いに行くために早く教室を出ようと思っていたが、1年は皆体育館に集められた。

 なんだ?俺は早くアイツの所へ行きたいのに。


 校長が前に立ってあーだこーだと言ってるのを半分聞き流しながら、はやる気持ちを抑えていた。


 「───しいことですが、昨晩1年○組の望月
 梨花さんが亡くなられたというのを──」


 はっ…?俺の聞き間違いか?今、校長は何て言った?アイツが死んだって?

 嘘だと思いたかった。だから思わず俺は叫んでしまった。


 「嘘だ!嘘、嘘、ウソ…っ!アイツが死んだはず
 ない!嘘だ、ウソ、だ……」

 虚しい俺の叫びは、体育館に反響して消えた。

 いつもなら、怒るはずの先生達が俺を痛々しい目で見るだけで、何も言ってこない。


 なんだ?なんでそんな目で俺を見るんだよ。

 
 校長はもう一度言った。残酷な現実を。


 「いいえ、残念ながら嘘ではありません。1年
 ○組の望月梨花さんは昨晩亡くなられたと、ご
 家族から今日直接連絡がありました。」

 
 嘘だと思いたかったのに…。

 アイツは死んでなんかいないって。

 アイツの家に行けば、会えるって。

 また、いつものように騒げるって。


 そう、思いたかったのに…。


 
 そして、今更になって気づいてしまった。
 なんで俺がアイツにそこまでこだわるのか、その理由を。

 
 俺はアイツが─“梨花が好き”だったんだって。

 あぁ、なんで今更気づいてしまったんだ。

 梨花がいなくなってから自覚するなんて。

 やっと、この感情の名が分かったのに。

 肝心のアイツがいないんだなんて。
 自覚したばっかりのこの感情を何処に置いたらいいんだ?


 呆然とした俺を置いて、話は進んでいく。




 “トントン”

 遠慮がちに肩が叩かれた。

 はっとすると、悪友たちが俺の周りに立っていた。皆、表情が沈んでいる。どうやら、話はもう終わっていたようだ。 

 
 俺は立ち上がって、ヨロヨロと教室を目指して歩いていく。悪友たちも、俺に合わせてゆっくりと歩いていく。

 まるでここだけ別世界のように、周りの空気が変に沈んでいる。
 ドロリと、濁っている。
 
 いつものおちゃらけた、軽い空気は微塵も存在
していない。

 
 ようやく1人が口を開く。
 
 「なぁ、大和お前、やっと自覚したんだな」

 気づいていたのか?

 「お前が分かりやすかっただけだよ。多分、梨
 花とお前以外のクラスの全員が知ってたぜ」

 マジか。

 「でも、今か~…。」

 「遅すぎたな、お前」

 「望月は、もう…」

 ああ、そうだな。

 梨花は、俺の幼馴染みは、もういない。

 昨日までは確かにいたのにな。
 久しぶりに一緒に帰って、「また明日な」って言ったのに。
 
 もう、アイツを見ることが死ぬまで一生ない。
 無邪気な笑顔や怒った顔、話し声や笑い声…。
 網膜について離れないし、一生離したくない。

 なぁ、神様とやらよ。いるんだったらさ、俺の願いを叶えてよ。梨花を生き返らせてくれ。

 アイツは、俺たちに…いや、俺に必要なんだ。
 いつもの日常を返してくれ。そのためなら、何だってするから。
 嫌な宿題だって、家の手伝いだってするから。


 「…ほらよ。これ使え」

 隣を歩いていたもう1人の幼馴染み(男)が、ハンカチを渡してきた。

 は?なんでハンカチ?

 その時、頬に伝う何かを感じた。
 あぁ、俺は泣いてるのか。

 どこか他人事のようにそう思った。


 よく見ると、周りの皆が程度は違えど泣いていた。俺にハンカチ渡してきたヤツだって、強がってるが泣きそうになっている。

 「プハッ…!」

 思わず噴き出してしまった。

 俺が噴き出したことを怪訝に思ったのか、皆立ち止まった。てか、もう教室に着いてるし。

 「どうした?」

 「いや、おかしくて。だって、普段表情を変え
 ない奴でさえ泣いてるんだぜ」
 
 その一言でやっと周りを見たのだろう。
 少し噴き出した。

 「あ~ぁ。こんなしんみりした空気、俺達らし
 くないわ。アイツがいたら絶対
  “アハハハ!何?あんたら泣いてんの?らしくな
  いことしないでよ。私を笑死させる気?あっ
  てか私もう死んでんだった!w”
 って言うだろ。」

 そう、梨花ならそう言うだろう。
 皆を元気付けるために。

 「…そうだな。確かに、大和の言うとおりだ。
 こんなの梨花が見たら笑うな。…泣きそうにな
 りながら」

 
 「そうそう、誰よりも泣き虫のくせに、俺達を
 元気付けようとするよな」
 
 「え、望月って泣き虫だったのか!?」

 「え、逆にお前知らなかったの?クラスメート
 全員知ってたことだが…」

 「うんうん。知らなかったのお前だけ」
 
 「えっ…。マジか…」

 
 そうそう、この空気だよ。俺達に合うのは。
 いつまでも、しんみりしてたらアイツに心配かけてしまうからな。これでいいんだよ。

 自覚したばっかの恋心をどうしたらいいのかはまだ、分からないけど。
 今はまだ、この感情を大事に抱き締めていたい。


 いつか、区切りがついたら、生きてる限りまた、他の誰かを好きになるのだろう。
 それでも、この想いは一生残るのだろうと、そう確信している。


 じゃあな、梨花。

 また、いつか会う時まで。

 
 
 
 

 

 
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