幼なじみが愛をささやくようになるまで〜横取りなんてさせてたまるか〜
駅に直結しているため近いが時間はギリギリ。
私は小走りに待ち合わせ場所へと向かった。
すると彼は私を見つけ小さく手を上げてくれた。
私も手を上げ急いで近づいた。

「ごめんなさい。お待たせしました」

「いや。それより焦らせてごめんな」

「特に希望がなければ俺が店は決めていい? 好き嫌いはあるかな?」

「なんでも大丈夫です」

そう言うと彼は頷き、歩き始めた。
私も半歩遅れてついて行った。

「あの時は誰とスノボに来てたの? ひとりで滑ってたよね」

「友人となんですけど上手だから上級者コースに行っててんです」

「そうか。彼氏と来たのかと思ったよ」

町屋さんは私が双子と歩いてるところを見かけたのかもしれない。

「彼氏はいないですよ。それにもし彼氏がいたら食事も遠慮してます」

「それもそうか。彼氏は俺と食事に行ったら嫌だろうしね」

そんな仮想の話をされても分からない。
何せ私には彼氏と言える人がいたことはないのだから。
そもそも双子以外の男性とふたりきりの食事なんて初めて。
今になって急に緊張してきた。

「あ、ここどうかな?」

『リストランテ オルケッタ』

知る人ぞ知るイタリアンの名店で入ったことはないが名前はよく聞く。
友達がプロポーズされたのもこのお店だったと聞き羨ましく思ったりもした。

「こんな高級なお店、入ったことがないんです」

私が正直に言うと彼は笑いながら、

「俺だって普段は来ないよ。今日は特別」

特別、だなんて言われるとドキドキしてしまう。

テーブルに案内され着席するがメニューを見ても何にしようか決めかねる。

「めんどくさいからコースにしちゃわない?」

小さな声で話しかけてきた。
めんどくさいって……
そんなことを言う彼に思わず笑ってしまった。
私は頷くと彼はホールスタッフに合図した。
2人分のコース料理をオーダーするとやっと落ち着いた。
すぐにアペリティーヴォが運ばれてきた。緊張で渇いていた喉を潤してくれた。
続いてアンティパストにカルパッチョが運ばれてきた。
プリモピアットはトマト系のパスタが置かれ、食事が届くたびに町屋さんと感想を伝え合ったり、全く関係のない趣味の話になったりと話は尽きない。
セカンドピアットに運ばれてきたあぶり真鯛とパルミジャーノの焼きリゾットは本当に美味しかった。パリッとした皮が香ばしい鯛にチーズの香りが豊かなリゾットが添えられており思わず無言で口に運んでしまった。

「ひまりちゃんは美味しそうに食べるから一緒に食べてて気持ちがいいよ」

「あ……」

なんだか食いしん坊だと言われたようで恥ずかしくなる。
フォークを持つ手が止まると、慌てて町屋さんは首を振った。

「悪い意味じゃないんだ。一緒に食事を楽しめて嬉しい。それに見ていてこっちまで幸せな気持ちになるよ」

そんなことを言われたのは初めて。
私はなんて言葉を返したらいいのか分からなくなった。
そうこうしていると最後にドルチェが運ばれてきた。私の大好きなクレームブリュレが運ばれてきた。
思わず感嘆の声が出てしまった。
するとその声を聞いて町屋さんはまたニコリとした。

「変なこと言っちゃったかな?気にせず食べてくれ。ちなみに俺は大好物だからいただくよ」

そう言うと男らしく大きくスプーンですくい口へ運んだ。
それを見て私も我慢できずスプーンでカラメルをそっと割るとパリッといい音がした。
スプーンにすくい口にするととろけるような食感の中にカラメルの香ばしい香りがしてとても美味しかった。あまりの美味しさにまた無言になってしまったが、気がつくと町屋さんも無言でクレームブリュレをすくっては口に運んでいる。
そんな姿に私は吹き出してしまった。

「ご、ごめんなさい。町屋さんもあまりに美味しそうに食べていたから」

私はナプキンで口元を押さえた。

「さっき町屋さんが言っていた意味がわかる気がします。美味しいものを一緒に美味しいと感じて食べられたら嬉しいですね」

彼は大きく頷き、笑っていた。

私たちは始めこそ緊張していたように思うが、すぐにこの前のように話が弾みとても楽しい時間を過ごすことができた。
カードでさっとお支払いを済ませてしまい私が出すタイミングを失ってしまった。
こんな高いお店でご馳走になるわけにいかず、駅まできたところで割り勘にしたいと伝えると彼は驚いた表情を浮かべていた。

「ひまりちゃん、今日はご馳走するって言ったんだから気にしないでいい。でも……気にしてくれるのならまた一緒に食事に行かないか?」

「はい。次は私がお支払いしますからね!」

そう言うと彼は笑いながら頷き、お互いに連絡先の交換をした。
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