無理、俺にして
「え……っ」
ぽろぽろと大粒の涙を流しながら、顔を上げる。
その大きな瞳に、空の青と俺の顔が映し出されていた。
「ご、ごめんなさい。大人がこんなところで……おかしいわよね」
「……」
それは、否定できない、です。
ちょうど自分が泣くのをこらえていたところだったから余計に、否定できない、です。
「私ね、もう随分前にここの病院で夫を亡くしたの」
「っ」
何も聞いてないのに、結構重い言葉を呟く女性。
このまま聞いていて、いいのだろうか。
「ひどいのよ。『すぐ治る』『あと少しで良くなる』なんて言って、そのまま逝っちゃったの。うそつきで、どうしようもなく怖い人よっ」
ちょっと、悲しんでるのか文句を言いたいのか分からない。
……ああいや、違うか。
「それでもやっぱり、十数年経った今でも忘れられなくて、どうしてもこの病院に来ちゃうの。お墓よりも、ここの方がより鮮明に思い出せるから」
他の患者さんやご家族にとってはいい迷惑だから
ここでこうして、隠れるように夫を思って泣くのだと
彼女はそう言ってまた涙を流した。
『苦しいのも、悲しいのも。全部俺らが本気の本気で大切にしたいと思ってた証拠』
この人は喉元をすぎてから何年経ってもその熱さを忘れられないんだ。
その人の涙を見て、これが未来の自分の姿なのかもしれない、なんて思ってまた苦しくなる。
「……」
あー……もう。
やめた。
本気になるの、もうやめた。
俺も相手も苦しくならずに済む方法なんて、それくらいしか浮かばなかった。