慶ちゃんが抱いてくれない!
お店に着いてからも慶ちゃんは一向に黙ったままだ。
今までも慶ちゃんを怒らせちゃった事は何度もあるけど、今回は怒ってる上に重ねて怒らせちゃったせいなのか、なかなか機嫌を直してくれない。
「……あっ、あの……慶ちゃん、ケーキ取りに行こ?」
「…ん」
折角のブッフェだしどうにかして慶ちゃんに機嫌直してもらわなくちゃ!
私はご機嫌を取るべく慶ちゃんより先にトレーと取り皿を取った。
「慶ちゃんの分を私がお取りしてお運びします!」
「は?……それぞれ食べたいもん取った方が効率良いだろ」
「そう……ですよねぇ?それではこちらのトレーとお皿をお使いくださいっ」
持っていたトレーと取り皿を慶ちゃんに渡すと複雑そうな顔をして受け取ってケーキを取りに行ってしまった。
……機嫌取り作戦から回っちゃったな。
慶ちゃんに遅れて自分の分のトレーと取り皿を取ってケーキを取りに向かった。
とりあえず慶ちゃんのご機嫌はケーキ食べてから考えよう。
並んでいるケーキを見るとどれも美味しそうで目移りする。
食べたいケーキを取り皿に取りながら今日一番のお目当てだった高級メロンのショートケーキの事を思い出した。
メロンのケーキどこだろ!?
「本日こちらのケーキは現在並んでいる分でラストとなりますー」
スタッフの人の声が聞こえてそっちを見ると、なんとお手当のメロンのショートケーキだ。
あと2切れ残っていて、急いで取りに行こうとした時だ。
ガッ!
「わっ!」
段差に気付かず、足を引っかけてしまって前のめりに転びそうになった時だ。
後ろに体を引かれて持っていたひっくり返しそうになっていたトレーも後ろから伸びてきた腕によって支えられて転倒を免れた。
「あぶねぇっ……足元ちゃんと見て歩けよ」
後ろを見ると転倒しそうだった私の体をしっかり支えてくれたのは慶ちゃんだった…。
「ふあぁ……慶ちゃん、王子様なの?好き」
「ちげーよ。ここの段差真穂なら躓きそうと思ってたら予想通り躓きやがって…」
「慶ちゃんありがとう…格好良い…抱いて欲しい」
「抱かねぇよ、飲み物真穂の分も取ってくるからケーキ取り終わったら席戻ってろ」
「えっ!自分の飲み物は自分で取りますゆえ、慶ちゃん様のお手を煩わせるわけにはっ」
「さっきからそのキャラ何なんだよ?俺は魔法は使えないけど真穂の失敗パターンは大体予測出来るんだよ。そのトレーに飲み物乗せて歩いてコップひっくり返すところまで予測してるから自分が食べたいケーキを取ったら大人しく席に戻れ。わかった?」
「んんんっ…そんなドジじゃないよ?あれ?慶ちゃんのケーキのトレーは?」
よく見ると慶ちゃんは何も持っていなかった。
「もう取って席持って行ったよ、真穂も早く取りに行って来いよ」
慶ちゃんはそう言ってドリンクのコーナーに向かって行った。
……やっぱり、慶ちゃんと私は結婚するべきなのでは?
あっ!そうだ!メロンケーキ!
メロンケーキの置いてあるところに行くと、なんと2切れ残っていたメロンケーキはなくなっていて目の前で何も乗っていないお皿は片付けられて「本日のメロンケーキは終了しました」という案内が貼られた。
落ち込みながら席に戻ると慶ちゃんは先に戻っていてミルクティを差し出してくれた。
「……何も言わなくても私が選びそうな飲み物持って来てくれてありがとう」
「ワンパターンだからな……目に見えて落ち込んでるけど、どうした?」
「メロンのケーキ……なくなっちゃった……今日はもう終わりだって……はぁ……慶ちゃんの事怒らせちゃうし、全然ご機嫌取れないからバチ当たっちゃったのかな……」
「あの意味わかんない言動ご機嫌取りのつもりだったのか…。別に俺の機嫌なんか取らなくていいよ……つまんねぇ事で勝手に意地張って、いつも通りに戻るタイミング逃してただけだし。悪い方に考え過ぎ」
そう言うと慶ちゃんは私のトレーにメロンケーキの乗った小さいお皿を乗せた。
「えっ!?これっ!?何で!?」
「これ絶対食べたいって言ってただろ…残り少なかったから取っておいた。出だしからケーキ選ぶの時間掛かってたし」
「でも慶ちゃんも食べたいって言ってたよ!?」
「自分のも取ってあるに決まってんだろ」
慶ちゃんは自分の取り皿に自分の分のメロンケーキを得意気に見せてくれた。
「ありがとう……もうー!慶ちゃんー!好きー!」
「デカい声で好き好き言うなよ…カップルだと思われるだろ」
「思われたいから良いもん!慶ちゃん……今回は慶ちゃんの気持ち考えられなくて本当にごめんなさい……自分の声勝手に使われたら嫌だよね……あっ!もしかして肖像権の侵害とかに引っ掛かるのかな!?」
「その事は別に気にしてねぇよ!」
「そうなの?そしたら…?えっと?」
慶ちゃんは視線を逸らしてバクバクとケーキを食べながら呟いた。
「……あんなに俺の事好きだとか言ってたくせに。本当は兄貴の事が好きなんじゃねぇの?俺より仲良いじゃん」
「私が好きなのは昔から変わらずにずっと慶ちゃんだよ!武蔵君の事も大好きだけど、慶ちゃんの好きと違う意味だから…」
私もお皿に盛ったケーキを食べながら慶ちゃんに訴えかけた。
「でもさっ!慶ちゃん私がいくら好きって言っても私の気持ちに応えてくれないのに」
「…クリーム付いてる」
「えっ?どこ…?」
慶ちゃんは私の言葉を無視して私の口元に付いていた生クリームを指で取るとその指を舐めた。
「慶ちゃん!」
「なんだよ?」
「もう!私の事振るくらい嫌いなくせに、何で平気でそういう事するの!?そんな事されたらドキドキしちゃうじゃん!」
「ちょ…声でけぇよ…」
すると、慶ちゃんは自分の口に手を当てた。
「真穂の事嫌いとか言ってないだろ…」
やっと聞こえるか聞こえないかほどの声でそう言い足した。
「え…それって!もしかして!好きって言ってくれないと私わかんないよ」
「絶対言わない。新しいケーキ出てるから行ってくる」
慶ちゃんはそう言って席を立って、行ってしまった。
昔慶ちゃんが私の事をお嫁さんにしてくれるって言ってくれた時の事を思い出した。
好きとか全然言われてないのに…好きって言わないのにあんな事するなんて思わせぶりなのに!もう、すごく、すっごく嬉しい!
私の事好きって想ってくれてるなら説得か誘惑次第で抱いてくれるかもしれないし!?
ここに来て私の野望?はやっと動き出した気がする!?