唯くん、大丈夫?
この夏、目一杯の綺麗を君に。
「…月が綺麗ですね」
「へ?月?」
唯くんはたまに、突拍子もないことを言う。
時刻は20時25分。
いつもより30分以上早くかかってきた電話。
理由を聞いてみたら濁されて、突然出てきた月の話。
…唯くん疲れてんのかな?
「ちっと待ってね〜…よいしょっと」
私はベッドに上がって出窓のカーテンを開ける。
「あ、ほんとだ。キレイだねぇ〜」
深い藍色に近い黒の中をぼんやりと浮かぶ三日月は、目を細めたくなるほど眩しく輝いてる。
「……ハッ。」
唯くんが鼻で笑った。
「安定のアホで安心した」
「えっ、今アホの要素あった?」
「アホだし、アホヅラ。」
「え」
アホヅラ?
「ワンワンッ!」
近所のブルドッグ犬、よしおの鳴き声が宵闇に響いた。
「ワンワンッ!」
電話口で全く同じよしおの鳴き声が、
やや被り気味に繰り返された。
「…え」
私は視線を下ろす。
…唯くんが、いる。
目をゴシゴシ擦ってもう一度見てみる。
やっぱり唯くんが、家の前でバイクに跨ってこちらを三白眼で見上げてる。
「…え?え?唯君!?なんで!?」
「…30分で帰る。5分で準備して」
「え!?ご、ごふ?ちょ、な、まって!まって!」
「よーい、どん」
「わぁーーー!!」
心の整理をする間もなく、
私はスマホを放り投げてベッドから転がり落ちるように降りると、大慌てで家の中を駆け出した。