今日から君の専属マネージャー

玄関まで楓君を見送って、私は涼ちゃんの元に戻った。

涼ちゃんはまだ苦し気に胸を上下させていた。


__癒し。


楓君の言葉が頭に残って離れなかった。

私が涼ちゃんにできることは、癒し。

癒しって何だろう。

何をしたらいいんだろう。

涼ちゃんが私に求める、癒し。


「涼ちゃん……」


私の呼びかけに、涼ちゃんは返事をしない。

目をつぶっているけど、苦しいのか顔がかすかに歪んでいる。

そんな涼ちゃんのそばに座り込んで、じっとその姿を見つめた。

見つめることしかできなかった。


「私には、何もできないよ。癒しって何? 涼ちゃんの癒しって……」


頭の中でいろんな想像をする。

男の人の、疲れた体と心を癒すことって何だろう。

おいしい料理とか……って私料理できないし。

心地よい音楽……って私何も楽器できないし、音痴だし。

あたりを見渡しても、何も見つからない。

こういう時の頼みの綱は、スマホだ。

「癒し」で検索すると、マッサージやアロマと定番の言葉が並ぶ。

「なるほど……」と唸ってみたけど、いまいちピンとこない。

記事を読み進めていくうちに、ある記事に目が留まった。


__肌のふれあいが、一番のリラックス効果……


「は、肌の、触れ合い……」


__肌の触れ合いって、どういう意味? 


私の求める答えはそこには書かれていない。

記事はそこで終わっている。

私はいろんなことを想像する。

そして思わず、自分の体をぎゅっと抱きしめる。


__私が涼ちゃんにできることって、そういうこと? 


体中が熱くなるのを感じた。

目の前の涼ちゃんも、大量の汗をかいて苦しそうだ。

私はもう一度記事に目を落とした。

何度もその一文を確認した。

そして最終的な決断を下した。


「涼ちゃんには、肌の触れ合いが、今一番必要なことなんだもんね。

 相手が涼ちゃんなら、私……」


意を決して、私は自分の半そでシャツのボタンに手をかけた。

第二ボタンがぷつんと外れると、心臓の音が急に大きくなった気がした。

そして第三ボタンに手をかけたとき、その手がものすごい力で制止された。

ハッとなって顔を上げると、涼ちゃんは体を半分起こして息を荒げながら、厳しい目で私を見ていた。


「何やってんだよ」

「……え? 何って、涼ちゃん苦しそうだから、癒しを……」

「全然癒しになってねえよ。むしろ心臓に悪いわ」

「え、ええ?……」


いつもの涼ちゃんとは明らかに声のトーンも調子も違っていることに、「え? 違うの?」と唖然とする。


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