今日から君の専属マネージャー

お茶を出し終えて私も席に着く。

誰から話し出すのか、お互い探っているようだった。

しばらくして、吉田さんが無機質な声で話し始めた。


「今日は、涼也の荷物を取りに来たんだ」

「ああ。そうだったんですか。じゃあ、準備します」


そう言って立ち上がったけど、涼ちゃんの荷物は必要最低限で、いつも整理されていたから、リビングの端におかれた少し大きめの鞄を持ってくるだけだ。


「はい、これだけです」

「ありがとう。もし忘れ物があるようなら、また連絡して。僕が取りに行くから」

「わかりました。

 ……あの、涼ちゃんは今、どうしてますか? 連絡つかなくて。

 あっ、すみません、勝手に連絡してて。でも、いても立ってもいられなくて」
 

私の言葉に、吉田さんは「ふう」っとため息のような息を吐いてから答えた。


「周りは騒がしいけど、仕事はいつも通りしているよ。

 騒動の謝罪をしながらだけどね」


最後の言葉に胸が痛む。


「涼也のスマホは、僕が取り上げた。君と一切連絡が取れないように」

「え?」

「もう涼也とは、金輪際、会わないでほしい。連絡も取らないでほしい」


こんなに迷惑かけておいて、それは当然だと思った。


「あの、最後に、涼ちゃんに会うことはできませんか?

 迷惑かけたから、私からもちゃんと謝りたいし、このままもう会えないなんて……」


「迷惑をかけたと思うなら、もう会わないでほしいってことだよ」 


そう言って、吉田さんは私の前に封筒をすっと出した。

私はその中身を確認して、ぎょっとなった。


「何ですか、これ」

「君のバイト代だよ。

 こんなことになってしまったけど、僕の代理として働いてくれたことに変わりはないからね」

「それは、もともと吉田さんの治療代を支払う代わりに、私がマネージャーをやる約束だったわけで……。

 しかもこんな大金……」


「美鈴ちゃん」


私の声を遮って、吉田さんは鋭い声で私の名前を呼んだ。


「これはバイト代っていうか……手切れ金だよ」

「手切れ金?」

「もう涼也とは会わないでくれ。連絡も取りあわない。今回のことは他言無用。

 もう忘れてくれ」


それだけ言って、吉田さんは立ち上がる。

そして勝手口の方に向かった。

その様子を目で追っていると、


「お金で解決なんて、泥臭いよね」


と楓君が机を挟んで耳打ちしてくる。


「楓君、余計なことは言わないでいただきたい」


狭い勝手口で靴がうまくはけないのか、吉田さんはもぞもぞとしている。


「大丈夫だよ、吉田さんの本心じゃないから。

 事務所命令に、社員は逆らえないからね」


「こらっ、楓君、余計なことは……ああああああー――」


吉田さんは悲鳴とともに勝手口の狭い土間に倒れこんだ。

それを楓君がゆるりと助けに向かった。


「もう吉田さん、まだ完治してないんだから。無理しちゃダメだって。

 カッコつけて松葉づえ置いてきちゃうんだもんな。ほら、ここに座って」


「楓君、これ以上余計なことは……」

「はいはい、俺は自分の用件伝えに来ただけだから」


吉田さんをなだめた楓君は、再び私の対面に座った。


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