今日から君の専属マネージャー
そう決めた日から、私は細々とモデル活動をしている。
とはいっても、そんな簡単に仕事があるわけではなく、まずはオーディションを片っ端から受ける日々を送っている。
渋い顔をしながらも、吉田さんは密かに私を助けてくれていた。
こんなオーディションがあるとか、こんなコンテストがあるとか。
__「僕にも責任があるからね」
そう言いながら。
もちろん事務所には内緒で。
涼ちゃんにも内緒にしてほしいと頼んでいたはずなのに、口ぶりからして、涼ちゃんはすでに知っているようだ。
「どうして、モデルの仕事をしようと思ったの?」
涼ちゃんに聞かれて、私の心臓はどきんとする。
「吉田さんに、聞いたの?」
「違うよ。美鈴が載ってる雑誌、たまたま見つけたから」
「……たまたま?」
「そう、たまたま」
私がしたモデルの仕事なんて、雑誌の後ろの方のページにある、新商品を紹介するコーナーだ。
そこにほんとに小さく、商品に手をかざすポーズをとっている、カラーでも何でもないページ。
「で、どうしてモデルの仕事をしようと思ったの?」
涼ちゃんはまた同じ質問を繰り返す。
「それは……
この仕事をしてれば、いつか、涼ちゃんに会えるんじゃないかって思ったから」
涼ちゃんに会いたかった。
このまま離れ離れなんて、絶対嫌だった。
涼ちゃんに会えるなら何でもよかった。
モデルじゃなくても、芸能界の仕事なら何でも。
涼ちゃんと接点が持てるなら。
そしていつかまた、涼ちゃんと一緒に仕事ができるんじゃないかと思った。
「動機、不純だよね。芸能界なめてるって思うよね」
そんな理由でモデルを志す自分が恥ずかしくなってくる。
「俺は、なんでモデルなのって、聞いてるんだけど」
「え? だから……」
「俺に会いたいだけなら、何だってできるんじゃない?
テレビ局に就職したり、カメラマンになったり、雑誌の編集者になったり。
すぐ会いたいなら、すぐ会いに来れたんだし。
たとえ連絡が取れなくても、家だって知ってるんだし。出待ちだってできるし」
涼ちゃんの言葉に、私は何も言えなかった。
確かにそうだから。
無理して会うことだってできたし、涼ちゃんの言う通り、芸能関係の人と仕事をする方法はいくらでもある。
「なんでわざわざそんな厳しい道選ぶのかなって。
美鈴だって、ほんの数週間だけど、この世界が厳しいことぐらい、俺と仕事して分かっただろう。
今回のことで、プライベートもずっと誰かに見張られてるってのが現実だってことも。
気が抜けない、恋もまともにできない。普通の生活もままならない」
まっすぐと私を見据える涼ちゃんの目が、なんだか冷たかった。
モデルを始めた理由が中途半端なことに、怒っているのだろうか。
そんな生半可な気持ちでやっていると思われているのだろうか。
「なあ美鈴、俺に会うためっていうのは、口実なんじゃないの?」
「……え?」
一瞬風が立った。
その風は、涼ちゃんの言葉と共に、私の胸をズドンと貫いていく。
「美鈴は今、俺に会えて、満足してるの?」
「そりゃ、久しぶりに会えて嬉しいよ。あのままお別れなんて嫌だったし。
ちゃんと謝れてなかったし」
「じゃあ、もう、モデルの仕事はいいよね?」
「え?」
「だって、俺に会えたんだもん。もうモデルをする必要ないじゃん。
同級生として、友達として、連絡先交換して、前みたいに話したりできるんだから。
これからは学校でずっと一緒だし」
涼ちゃんの目が、冷たく光る。
「わかってると思うけど、この仕事本当に大変だから。
いつもうまくいくわけじゃない。
辛いことだって、いっぱいある。
俺は美鈴にはこの仕事、すすめようと思わない。
むしろ、美鈴には向いてないと思う。中途半端な気持ちじゃ……」
「わかってるよ」
涼ちゃんの言葉を遮って、私は叫んだ。
「わかってるよ、私だって。
ちょっと代理でモデルの仕事やったからって、そこで褒められたからって、楽しかったからって、次もうまくいくとは限らないことぐらい、わかってるよ。
厳しいことだってわかってるよ。辛いこともたくさんあるってわかってるよ。
だけど……」
「だけど?」
涼ちゃんは私に先を促す。
まるで私が、次に何を言おうとしているのかわかっているかのように。
私の心を、もう読み切っているかのように。
涼ちゃんはもう、私の答えを、知ってるんだ。
だけど涼ちゃんは、じっとこちらを見つめている。
私の口から答えを聞くのを待っているような気がした。
そんな涼ちゃんの姿勢に、私は観念して「ふう」っと息をひとつはいてから話し始めた。