今日から君の専属マネージャー
車から出ると、まるで撮影スタジオにあるような機材が並んでいた。
「これ……ほんとに今から撮影するの?」
「そうだよ。カメラマンは、俺」
楓君の手の中には、本格的で高そうなカメラがあった。
「楓君、カメラに詳しいの?」
「まあね。俺、カメラマン志望だから」
「え?」
「アイドルカメラマンっていうのも、なかなかよくない?」
涼ちゃんは自分の髪形を車のフロントミラーで軽く直すと、「よしっ」と気合を入れて出てきた。
「これが、俺の最後の仕事」
「え? 最後?」
「俺、芸能界引退するんだ」
「え? それって、もしかして、私のせい?」
私が小さな声で言うと、「そうだよ」と涼ちゃんは満開の桜を見上げながら言った。
「俺、モデルの仕事も俳優の仕事も好きだけど、そういう仕事してるうちに、裏方の仕事に興味持ち始めたんだよね。
カメラのこととか、美術のこととか、メイクのことも、音響のことも。
もっと勉強したいなって。もっと知りたいなって」
私は、撮影前やその合間に、みんなと一緒になって働く、涼ちゃんの活き活きとした姿を思い出した。
「だからさ、俺、美鈴のマネージャーやりたい」
「……え?」
「うん、うん」と話を聞いていたけど、なんだか話がつながらない。
ずいぶんいろいろ、すっ飛ばされたような気がする。
いくら学力ゼロの私でも、さすがに話の流れとか、そういうのは理解できる。
あれ? もしかして、それもできないのだろうか。
「えっと……、今、そういう流れだった?」
困惑しながら自信無げに聞く私とは反対に、涼ちゃんは自信たっぷりで答える。
「何がしたいかっていうのは、まだ明確には決めてないんだけど、マネージャーの仕事なら、いろんな現場に行けるし、そこでいろんなもの見られるし、いろんなこと学べるし。
そこからまた、新しくやりたいことが見つかるかもしれないし。
とにかくマネージャーって、俺にとってはすごくいい条件なんだよね。
それにマネージャー業務にももともと興味あったから、吉田さんいたけど、自分でもスケジュール管理したりは楽しかったし。
実は美鈴がモデルの仕事始めたって知ったときから、仕事セーブして、ずっとマネージャー業務の勉強してて。だから……」
「ちょっ、ちょっと待ってよ。そんな勝手に……」
どんどん話を進める涼ちゃんを、私は押しとどめる。
急な展開に頭が混乱している。
なぜだか涙がこみあげてくる。
言葉もうまく出てこない。
「……ダメ?」
甘えるような目と、すがるような声で、涼ちゃんは私に聞く。
私はその視線と声から逃げるように、震えた声で応戦する。
「だめに決まってるじゃん。
私なんかのマネージャーになったら、涼ちゃん大変だよ。
私、たぶんいっぱい迷惑かけるし」
「覚悟はできてるよ」
「また涼ちゃんに、いっぱい頭下げさせることになるかもよ」
「いいよ」
「私、学力ゼロ、体力ゼロ、女子力ゼロ、自己管理能力ゼロだよ」
「知ってる」
涼ちゃんはうつむいて涙を流す私に近づくと、視線を合わせるように、私の顔を覗き込んだ。
「美鈴のマネージャーは、俺にしかできない」
その優しい瞳から逃げられない。
その力強い声に、すがりたくなる。
「美鈴の夢、一緒に追っていい?」
きらめく瞳に誘われて、私の体の奥底で閉まったはずの、温かくて、ドキドキする感情がむくむくと湧き出す。
「俺を、美鈴の専属マネージャーに、採用して」
__この完璧男子を採用しない人、いる?
私は渾身の力をこめて、首を縦に強く振った。
何度も何度も。
それを、涼ちゃんの温かで、穏やかな微笑みが受け止めてくれた。