今日から君の専属マネージャー
時刻は正午を回ろうとしていた。
4時間の遅刻。
恐る恐るスタジオの扉を開くと、当たり前だけど警備の人に止められた。
ボタンがはち切れそうな警備服を着たずんぐりとした男の人が私を制止する。
帽子の下からはぎろりと鋭い目が私を捕まえて離そうとしない。
「君、高校生? いや、中学生か? ファンの子か?
ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」
そういわれて追い出されそうになる。
「あの、違うんです、私は……」
言い訳しているそばから、ぐいぐいと腕を引っ張られて入り口に引き戻される。
どこかの武将のような威圧感のある無精ひげはよく似合っているけど、そんなことをほめたところで、気安く中に入れてくれるような雰囲気ではなかった。
そこに、「くまさん」と遠くのほうから声が聞こえた。
聞き覚えのあるその声に、ぱっと顔を向けた。
涼ちゃんが、スタジオの奥の方から走ってきた。
「すみません。僕の知り合いです」
「ああ、羽瀬さんのファンの子か」
「いえ、ファンというか……」と私がぼそぼそと言おうとすると、「ご迷惑おかけしてすみません」と涼ちゃんは深々と頭を下げた。
そして私の腕をぐっと引いて、スタジオの奥に入っていく。
「あ、あの……」と言う私の声は届いていないようだ。
ものすごい手の力と歩くスピードの速さに戸惑いながら、小走りについていく。
まるで流れるように、見慣れない景色が通り過ぎていく。
荷物がたくさん積まれた狭い廊下。
薄暗い階段。
年季の入った扉がいくつも並ぶ通路。
そこを抜けてようやく、涼ちゃんは止まった。
同時に私の腕も離された。
だけど涼ちゃんにつかまれた部分だけ、まだぐっと締め付けられているようだった。
涼ちゃんは私に背中を向けたまま何も言わない。
もちろん、怒っているのだろう。
最悪な空気感に堪えられず、私から声をかけた。
「あの、遅れてすみません。目覚ましかけるの忘れちゃって。
それに昨日遅くまで資料読んだり、今日のスケジュール確認したりで疲れちゃって、それで……」
「もういいから」
涼ちゃんの冷たい声が、私の言い訳を遮った。
「もう帰っていいから」
「え?」
「明日から来なくていいよ」
「あ、あの、ちょっと……」
「はじめからあてにしてなかったし、信用してなかったから。
俺は一人で大丈夫だから。てか一人の方がマシ」
そう早口でぼそりとつぶやくように言うと、涼ちゃんは踵を返してもと来た道に体を向ける。
「そこの裏口から出れば、すぐ駅だから」
それだけ言い残して、涼ちゃんはその場に私を残して行ってしまった。