今日から君の専属マネージャー
「で、そのまま帰ってきちゃったの?」
「……はい」
入院中の吉田さんのもとを訪れたのは、お見舞いに来たわけでも、慰めてもらいに来たわけでも、愚痴を聞いてもらいに来たわけでもなかった。
「それで……、すべて私が悪いんですが、マネージャーをやめさせてください」
ただただ、それを言いに来た。
吉田さんは私の話に口を引き締めて、「うーん」と目を閉じて唸った。
「それで、美鈴ちゃんはこのままでいいのかい?」
吉田さんの口から出た言葉が意外すぎて、私は思わず「え?」と返した。
正直、吉田さんには相当怒られると思っていた。
いくら温厚でふざけた感じの吉田さんでも、さすがに遅刻は許してくれないと思った。
昨日何度も「遅刻はダメだよ」と念押しされたし。
それもただの遅刻じゃない。
4時間の遅刻だ。
厳しいお説教があっても、おかしくはない。
「このままでいいも何も、これ以上どうしようもないじゃないですか。
涼ちゃんに迷惑をかけて、怒らせて、「明日から来なくていい」って言われて。
もう私には、どうすることもできないじゃないですか」
「確かに遅刻はいけないよ。一分の遅刻が、命取りになることもある。
まあ君の場合、4時間の遅刻だから、もうずいぶん前から手遅れだけどね」
もしかしてこれが、吉田流のお説教なのだろうか。
相手に嫌味を言って、けなして突き落とすという。
「この世の中で生きていくには、信用とか信頼関係って不可欠だからね。
約束を守るということは、最低限のルールだよ。
約束を破れば信用を失う。信頼関係は崩れる。
失くした信用は、簡単には取り戻せない。あるいは、もう戻ってこない。
些細な失敗で、すぐに壊れてしまう。とても儚いよね」
吉田さんは言葉通り、儚げな表情で言う。
ただ、残念ながら私と涼ちゃんの間に壊れるような信頼関係なんて、はじめからない。
「まあ君の場合、まったく些細ではないけどね。だって、4時間の遅刻だもんね」
ほら、やっぱり怒ってるよ。かなり。
「遅刻の迷惑度は、ハンパないよ。
もうほんとに、たくさんの人に迷惑かけるからね。
ほんといろんなところに影響出るから。
関係ない人まで巻き込むから。それはもう世界規模だから。
ほんとドミノ倒しのごとく……」
「もうわかりましたから」
くどくど、チクチク、しかし淡々と私を追い詰めてくる吉田さんの話を、私は厳しい声で制した。
その声に、吉田さんはびくっと体を震わせて、その状態で止まった。
「あ、すみません。つい……。
吉田さんの言っていることは、ちゃんと理解しています。
それに、ちゃんとわかっています。
でもだからって、私にはどうやっても挽回できるとは思えないし、そもそも芸能人のマネージャーなんて、私にははじめから無理だったんですよ」
声が震える。
涙がこみあげてくる。
自分が情けなくなる。
吉田さんの説教のせいではない。