今日から君の専属マネージャー
「ただいまー」
ずぶぬれになったまま家の扉を開くと、廊下の奥の方から「何時だと思ってんのー?」とお母さんの容赦ない声が飛んでくる。
それでも家の中からは、温かそうなおみそ汁のにおいが出迎えてくれる。
「遅くなるって、連絡したでしょ?」
「そうは言っても……」
と言いながら奥の部屋から出てきたお母さんは、私たちの姿を見て固まった。
そして、口をあんぐりと開けたまま、呼吸も忘れたかのように立ち止まった。
だけど少しずつ息が荒くなるのが肩の上下運動でわかる。
そして両方の手で口を押さえ、不躾にも涼ちゃんを指さしながら後ずさる。
「りょ、りょ……りょ」
そう言いながら、廊下の側面の壁にぶつかり、卒倒しそうな表情をする。
「な、なんで……いるの? 本物?」
「あの、事情は後で説明するよ。とりあえず、今はお風呂。雨降ってきちゃって」
「ああ……はいはい。今すぐ」
ふらつきながら、お母さんはお風呂の準備に奔走した。
濡れたままの私たちはタオルが来るまでその姿をぼんやりと見ていた。
ぐっしょりと体に張り付く服に気持ち悪さを感じていると、
「親子で同じリアクションするんだな」
涼ちゃんのささやくような声が、耳のすぐ近くで聞こえた。
涼ちゃんの生暖かい息が、濡れて冷たくなっている耳を撫でる。
ぎょっとして涼ちゃんの方に視線をやると、涼ちゃんはなんでもない顔をしてにこにこしながら、慌ただしく動き回るお母さんを見つめる。
「迷惑じゃないかな?」
「だ、大丈夫だよ。お母さん、涼ちゃんの大ファンだから。むしろ大歓迎だよ」
私は下を向いたままぼそぼそと小さい声で言った。
「それはよかった」
涼ちゃんの穏やかな声が、狭い廊下を駆けめぐるお母さんのバタバタとした足音に混ざった。