今日から君の専属マネージャー

今日は9時半から打ち合わせ。

場所も昨日調べた。

電車の時刻も到着時間もしっかり調べた。

正直わからないことだらけだけど一通り資料に目を通した。

途中から記憶がないけど。

午後からは撮影の仕事が入ってるけど、その内容はまだ頭に入っていない。

昨日一人で行った今日の仕事のシミュレーションは、途中から形をなくして、はらはらと私の頭の中から消えていく。

おいしそうな朝食を前に、今日一日が早速憂鬱になった。


「美鈴?」


その声に、はっと顔を上げる。

涼ちゃんが心配そうな目でこちらを見ている。


「食欲ないの?」

「えっと、そうでもないけど」

「ちゃんと食べないと、倒れるぞ。この仕事、体力勝負だから」


華やかな芸能界に体力勝負なんて単語は似つかわしくないけど、涼ちゃんは真剣な顔でそう言いながら、ベーコンを大きな口に運ぶ。


__ベーコンの頬張り方も、かっこいいな。


思わずその食べ姿に見とれてしまう。

そんな私の目の前に突如としてベーコンが現れ、私の視界から涼ちゃんの姿を消した。

状況がよくわからず、「え?」と返すと、


「はい、あーんして」

「はい?」

「だから、あーんしろよ。ほんとに食べなきゃ倒れるぞ。

 今日だって一日仕事なんだから。ほら」


鼻先までベーコンを突き付けられ、私は茫然としたまま口だけぽかんと開ける。

その口に、箸ごとベーコンが突っ込まれた。


「うまいだろ?」

「ふぁ、ふぁい」


口をもぞもぞと動かしながら、返事をする私の姿を見て、涼ちゃんはにこりと笑った。

その笑顔に、また心臓がドキリと高く跳ね上がる。


「今日は遅刻なしだからな。だから、早く食べろ」

「う、うん。いただきます」


そうして自分の箸を手にした。

その瞬間、重大な事実に気づいた。


__あれ? 私、ベーコン、誰の箸で食べた?


私の目が真っ先に捉えたのは、涼ちゃんが今まさに目玉焼きをつついて口に入れようとしている、その箸だ。

その光景と先ほどのやり通りのフラッシュバックが交互に起こる。

咄嗟に手を伸ばしたが、手遅れだった。

涼ちゃんは不思議そうな顔で、すでに目玉焼きをもぐもぐとしている。

そんな冷静な涼ちゃんを前に、私の頭の中では、密かなパニックが起きていた。


__か、かかかかかかか、かんせつ、キス……。


頭の中で、プシューッと音が鳴る。


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