今日から君の専属マネージャー
私はリビングに向かった。
そっと自分の部屋の扉を開けると、涼ちゃんがリビングのローテーブルに向かって何か作業している背中が見えた。
「涼ちゃん」
私が呼ぶ声に、背中が一瞬ピクリと反応して、「ん?」と首だけ後ろに向けられた。
「明後日の仕事のことなんだけど」
「美鈴が明後日の仕事のこと考えてるの? 熱出るぞ」
「マネージャーとして当然だよ。私もマネージャーらしくなってきたでしょ?」
「あんま無理すんなよ」
「してないよ。当然のことしてるだけ。涼ちゃんは、何やってんの?」
涼ちゃんの手元をのぞき込むと、そこには参考書やノートが広がっていた。
「……ん?」
「なに? 俺が勉強してたら、変?」
「勉強してるの?」
「どう見てもそうでしょ」
「なんで?」
「なんでって、美鈴だって夏休みの課題出てるだろ?
俺だって一応高校生だから、夏休みの課題ぐらい出るよ。
かなり出てるから、毎日少しずつ進めないと、夏休みも仕事詰まってるからな」
涼ちゃんは仕事をしながら高校に通っている。
と言っても、私たちのような一般人が集まるような高校ではなく、芸能界で活動する人たちが多く通う高校だ。
だけど仕事が忙しく、ほとんど行けていないのが実情らしい。
たまに学校に行っても、席はぽつぽつと空いていて、クラス全員が集まることはほぼないらしい。
「芸能人免除とかないの?」
「あるわけないじゃん」
「だ、だよね」
「美鈴は? 進んでんの? 課題」
「え? 私は……いつも最終週にまとめてパーっとやるタイプだから」
「お前さあ、そうやって自分の首を自分で締めるの、やめた方がいいよ。
遅刻もそうだけど。一回痛い目見てるだろ。
ああやって他人にも迷惑かかることだってあるんだから。
それに、来年受験だろ?
そういうことも考えて、今からちゃんとしといたほうがいいぞ」
「涼ちゃんも、受験するの?」
「え?」
「これからもずっと、芸能界でやっていくつもりじゃないのかなあって」
私の言葉に、涼ちゃんの顔が突然曇った。
「これからずっとなんて、この世界にはないよ。
いつテレビや雑誌から姿消すかわからないんだから。
そうなったときのために、どっちも頑張っておくんじゃん。
それに、逆に自分からこの世界を離れることも全然考えられるわけだし」
「どういうこと?」
「他にやりたいことが見つかったとか。
休業して留学したり、引退して進学したりする人なんて、芸能人じゃなくてもたくさんいるだろ
この仕事好きだけど、俺だってその可能性は無きにしも非ずだし。
自分がそうなったときに、やっぱ勉強しておけばよかったとか、芸能界のことしか知らないとか、それじゃダメじゃん。
この仕事しながら勉強もするって確かに大変なんだけど、俺はそれが中途半端だとは思わないし、他の進路も考えて勉強しておくことは当然のことだと思ってる。
だってこの世界がすべてじゃないし、むしろ勉強することで自分の可能性広げてると思うし。
まあ学校行けてないから授業にもついていけないし、こうやって勉強しててもわからないことだらけなんだけど。
でも、俺は仕事が忙しいからって、勉強をないがしろにしようとは思わない。
やるべきこともできないような社会人なんて、信用されないからな。
だからこうして、やるべき課題もやる。言い訳はしない」