今日から君の専属マネージャー

病院に到着して、大した怪我でもないのに私は治療室で手当てしてもらった。

ただの擦り傷を手当てしてもらうだけなのに、やっぱりお医者さんや看護師さんに手当てしてもらうと、なんだか違う。

病院中に広がる消毒のにおいをかぎながら、緊張と一緒に自分の足が手当てされるのを見守った。

一方の吉田さんの症状は思ったよりもひどかった。

全治一か月の骨折、即入院となった。

まさかそんなことになるとは思ってもみなかった。

自分の自己管理能力のなさが、これほど他人に迷惑をかけるとは思いもしなかった。


「あの、すみません。私の不注意でこんな大事になってしまって。

 治療費は何とかします。とりあえず親に連絡してきてもいいですか?」


「ああ、そんな大丈夫だよ。僕は結構元気だし。

 こんなのちょっと大げさなんだよ」


 無理に足を動かそうとして、吉田さんが「いてててて」と目を潤ませる。


「僕のことはいいんだけどさ、問題は、仕事だよなあ」


吉田さんは頭の後ろに手をまわして、天井を仰ぎ見ながらぼやいた。


「仕事のことはいいよ。俺一人で何とかするから」


キャップマスクサングラスの男が言った。

この人はずっとこの格好をしている。

病院についてからも、吉田さんの診察をしてもらっている間も、帽子もマスクもサングラスも外さない。

会話からすると、二人は仕事仲間なのだろうか。


「一人で何とかできるなんて言われたら、僕の立場がないんだけど。

それより、もう変装解除したら? 誰も見てないし、誰も入ってこないよ」


吉田さんのその声を皮切りに、彼はゆっくりと手を動かした。

まずはマスクが外される。

少しずつ素顔が明らかなになっていく。

私はその行為を、息をのんで見守った。

そしてサングラスが外されたとき、私の目玉は目から飛び出そうになるくらい見開かれ、顎が外れそうになるくらい口があんぐりと開いた。


「あ、あ、あ、あ、あ……」


声にならない声が漏れ出す。

そんな私をよそに、彼は帽子をとる。

帽子の中でペタンとなった髪を、指先でくしゃくしゃっとほぐす。

お目見えしたばかりのきりりとした目が、私をとらえた。


「りょっ、りょっ、りょっ……」


あまりの驚きに、私は後ずさることしかできない。

病室の壁にどんと激しく背中を打ち付けてもなお、さらに後ずさろうとする。

叫びだしそうな彼の名前と一緒に、心臓まで飛び出しそうになる。

だから私は咄嗟に両手で口を押えつけた。


「あ、ちゃんと挨拶してなかったよね。

 改めまして、僕、芸能事務所でマネージャーをやってます、吉田です。

 こっちは所属タレントの羽瀬涼也です」


__知ってます。知ってますとも。


 さっき名刺もらったし、そこにちゃんと「芸能事務所マネージャー吉田」って書いてあったし。

それに、この人のことも。

私は紹介されたこの男を、固まったまま見つめた。

だってこの人こそ、お母さんが最近熱を上げている、「涼ちゃん」こと、羽瀬涼也なのだから。

< 7 / 136 >

この作品をシェア

pagetop