今日から君の専属マネージャー
「よし、これでひとまず大丈夫だろ。美鈴ちゃんも大変だったね」
楓君はやり切ったすがすがしい笑顔を私に向けた。
私はそこまでの無駄のない動きを、あっけにとられた感じで見ていた。
「あ、いえ、私は、何も……楓君、ありがとう。
あの、楓君、どうしてここに?」
「ああ、俺んち、このマンションの18階だから」
「え?」
「メンバーで部屋借りて、ルームシェアしてるんだよ。
だから、ここにもよく来てるんだ。
内緒だけど、このマンション芸能人たくさん住んでるんだよね。
同じマンションにいれば交友関係もわからないし、内緒で付き合ったりもできる」
「はあ、なるほど……」と思わず感心してしまう。
「あの……涼ちゃんと楓君って……、ほんとは仲いいの?」
「え? ほんとはって……ああ、美鈴ちゃんも俺たちの不仲説信じてるの?」
「そういうわけじゃないけど、今日もひやひやする場面あったから」
「そうかなあ? 俺たちにとっては日常っていうか、いつも通りだけど」
楓君は涼ちゃんからそっと離れて、私と向かい合って座り、「食べて」と私にコンビニで買ったおにぎりを再びすすめた。
「ありがとう」と私がひとつとると、自分もおにぎりを取り出してビニールをはがし始めた。
「まあ、そう見えてもしょうがないかもしれないけど。あいつ、反抗期だから」
「え? 反抗期?」
「俺の方が芸能界では先輩だし、歳も4つ離れてるからさ、俺にいろいろ言われるのがちょっと気に入らないんだよ。
先輩ヅラするな、みたいな。まだまだ子供だよね」
そう言う楓君はなんだか楽しそうだった。
その目は、かわいい弟の話をしているようだった。
「仲いいゆえに、勘違いされるんだよ。
俺たちにとっては痴話げんかみたいなもんなのに。だから気にしないで」
「そっか、じゃあ二人はほんとは仲良しなんだね」
「仲良しっていうか……俺たち幼馴染みたいなもんだから。
小学校が同じでさ、学年は離れてたけど、昼休みとか放課後とか、よくつるんでたんだよね。
なんでかよくわかんないけど。
お互い惹かれあうものがあった、というわけでもないし。
俺たちのグループにいっつも涼也がくっついててさ。
俺はそのころからもう今の事務所に所属してたけど、あの頃はそんなに忙しくなかったし、習い事感覚だったから、暇さえあればあいつ誘って遊んでたよ」
「へえ」
「あいつをこの世界に誘ったのも、俺だよ」
「え? そうだったの?」
「うん。あいつ昔から器用で、もの覚えも早くて、何でもそつなくこなす奴でさ、勉強もできたし、スポーツもできたし、それで顔もよければ、そりゃモテないわけないじゃん。
でも、実はそれが涼也の悩みだったというか……」
「どういうこと?」
「ちょうど中三で受験控えてるときにさ、あいつなりに進路で悩んでたんだよ。
自分が何に向いているのかわからない。
好きなこともないし、やりたいこともないって。
どういう道に進んだらいいかって。
何でもできるゆえの悩みってやつだね」
「ぜいたくな悩みだね」
「でしょ? 顔もよくて何でもできて、さらには女子にモテて、それ以上何を望むんだよって。
「う、うん」
「でもあいつの中では、どこか満たされてなかったんだよな。
女子にもモテる、みんなに褒められる、賞賛される。
だけど、何か物足りない」
涼ちゃんの、悩み。
「完璧男子」ゆえの、悩み。
「それでさ、俺、ちょっと慰めるつもりで仕事のこと話したんだよ。
お前みたいな顔もよくて、何でもできるやつは、この世界で必要とされてるんだぞって。
即戦力だぞ、みたいな。
ほんと軽い気持ちで。
根拠も何もない、無責任な慰めなんだけど。
でも、そしたらさ、あいつその日のうちにネット検索して、ヒットした雑誌のコンテストに応募したんだよ。
たまたまネットに出てきたのが、あいつがグランプリ獲ったコンテストだったわけ。
そこからみるみるうちに有名になって、デビューしてたった2年で事務所の看板モデルだよ」
楓君はおかしそうに笑いながら「結果オーライ」なんてガッツポーズをする。
その姿がもうすでに無責任に見える。
だけど楓君は、ふっとまじめな顔を作った。
「あいつに足りなかったのは、誰かに必要とされているとか、自分の力が求められているっていう実感だったんだよな。
『誰かに認められたい』、じゃなくて、『誰かの力になりたい』。
もしかしたら、それがあいつの原動力なのかも。
そういう責任感の強さが、今の「完璧男子、羽瀬涼也」と言われる所以なのかもね。
良いのか悪いのかわかんないけど」
そう言いながら、楓君はぐったりしている涼ちゃんを優しい目でそっと見つめる。
吉田さんに涼ちゃんのデビューのきっかけは聞いていたけど、涼ちゃんがそんな想いを抱えていたなんて、知らなかった。
何でもできる涼ちゃんにも、涼ちゃんなりの悩みがあるのだ。
芸能人とはいえ、私たち一般人と同じ人間なんだと、今さらながらそんな当たり前のことを思い知る。